456、日の力で封印を越える!
ゴウカが静かに首を振る。
何故これほどホカゲが巫子の退路を心配するか、その理由は自分たちには良くわかっていた。
焦るホカゲの手を掴み、心話で語りかけギュッと握りしめる。
“ 大丈夫だ、私も居る。大丈夫だ ”
“ なぜ、倒してからでは駄目なんだ。倒せば退路も確保出来るのに ”
“ ホカゲ、我らは神官なのだ。巫子の助けにならずして、何の為にいるだろう ”
リリスは無言で会話を聞いている。
それでも、逃げようとは言わない。戦う事もしない。
“ 赤様は、最初の目的を見失ってはいらっしゃらない。ただそれだけです ”
“ なんと……無謀な…… ”
ホカゲは、彼がなにを持ってしても、とにかく眷族解放を優先しているのだと、逃げることなど小指の先ほども考えていないと、ようやくリリスという人間がわかった気がした。
猛進、突進、我が身の安全など顧みることをしない、真っ直ぐに突き進む魔導師であると、レナントの長から、そう、聞いていたことをすっかり忘れていた。
巫子でありながら、生きることを優先しない。なんと言う危険な方であろうか。
リリスを見る目に苦々しい物が混じり、ゴウカがため息を付いて語りかけた。
“ ホカゲ、あの方は、恐ろしいのだ。それでも、立ち向かっておられる。
神官は、最後まであの方の味方であらねばならない。
疑問を感じて意見するのはいい。
でも、巫子がそう決めたのなら、背中をお支えしなければならぬ。
それが神官なのだ ”
ああ……
そうだ。忘れていた。
この方に命を預けるのでは無い。火の巫子だけに強力な神官がいる意味は、
そうだった。
火の巫子の使命は悪気、魔物と常に対峙する。
神官は、だからこそ守らねばならないのだ。
自分は身を隠してひっそりと、そして大胆に身を上げ、地位を上げ、そのことに執心して神官の意味さえ忘れていた。
ホカゲの名を頂いて、なのに変わらず自分は、逃げることしか頭になかった。
“ ホカゲ、我らがいるから、赤様は逃げることを後回しに出来るのですよ ”
ゴウカが顔の前垂れをおろし、心話で語りかける。
1つ大きく深呼吸する。
だんだん心が落ち着いて、神官である使命を思い出してきた。
魔導師では無い、自分は神官なのだ。
胸に手を当てる。
すまない、私の火打ち石。私を許してくれるかい?
カ、カーン!
身体の中で、答えるように火打ち石が鳴った。
ホカゲが、顔を上げて腹を据える。
リリスが四つん這いで床を探っていた手を上げて、目を閉じて手を合わせた。
「 よし、封印を突破出来そうです。行きます!
我が主、汝が日の巫子ここにあり。我が願い、聞き届けたまえ。
ここに封印されし眷族への道を開け 」
目を見開き、合わせた手を大きく手を広げると、1つ柏手を打った。
パーーーンッ!!
音が部屋に反響し、闇を吐いていた宰相の身体がガクリと力を失って倒れる。
緩やかにリリスの身体が輝き、ズンッとリリスの身体が床に沈み込んだ。
「 行ってきます 」
「はい、お任せを。このゴウカ、全力でお守りいたします」
「我が巫子、お任せを。ホカゲ、同じくお守りします」
ホカゲがフードをかぶり、羊のような本当の顔に変貌する。
首まで沈みながら、リリスが振り向いた。
「ホカゲ、危ういときは逃げよ」
「滅相も無い、死んだ方がマシです」
ホカゲが羊の顔で、くすりと笑う。
リリスがうなずき、声を上げた。
「よし!死んだら許しませんよ!」
「「 承知! 」」
リリスの姿が床に消える。
まぶしさが消えた瞬間、宰相が身を起こした。
「では」
ゴウカがまた繭をくわえる。
「参ります」
ホカゲは、杖に力を集中し、コンコンッと床を突いた。
リリスの身体が、床の封印を越えて落ちていく。
封印を越えることが出来る巫子など、他にいない。
封印されているのが火だからこそ、縁の強さが力になるのかもしれない。
封印を越えるのは、身体中が押しつぶされて、血を吐きそうに苦しい。
数十倍の重力の壁が身体を圧迫しているようで、身体中の骨が軋み、息が吸えずに呼吸が出来ない。
「 うううあああああ!!! 」
悲鳴を上げて、ギュッと閉じている目を両手で覆い、息の出来ない苦しさに耐える。
く、くそっ!しまった、この先に空気があるのかわからない!!
無かったら、窒息してしまう!死ぬ!
苦しさに思わず右手で辺りをかき回す。
これは、重力とかじゃ無い!封印の術がこれほど強固なのだ!
壁が厚い!
私が間隙を縫って通ったくらいでは壊れない!
息が続かず、息を吸おうともがくけど、吸えない。
うあああああ!!!た、たすけて!誰か!
意識が遠のき、手が重く怠くなって力が抜ける。
視線が次第にボンヤリとなり、落下に身を任せる。
急に落ちるスピードが弱まり、ゆらゆらとその場を舞ったとき、何かが下から手に触れて、グイと引かれた。




