455、倒すのが先か、眷属の解放が先か
「王よ!何をしているのです!今こそあなたのお力をお見せ下さい!」
玉座の背後から、キアナルーサの声が響いた。
動かないランドレールにしびれを切らしたのか、あれは闇落ち精霊の声だろう。
「ちから……ち、から……」
「侵入者を殺せ!殺せ!コロセ!!」
声を大きくして、彼に叫ぶ。
ホールに奇妙なほど反響して、宰相がドロリとした目を見開いた。
「う、う、う、うるさい!!」
振り上げた腕から黒い澱を吹きだし、天井近くの壁をドロリと汚した。
身体を支えきれず、ガクリと膝を折って四つん這いになる。
口からも澱を吐き出しながら、低く、呪われたような声を上げた。
「うううう、うう、るさい。オオオオオオ
あああああ!!我は!!わ、わ、我は!王!なるぞ!!
め、め、いれい、スルナ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「オオオ……」
頭を抱え、耳をふさぎ顔を上げる。
指のすき間や口から、ドロドロと黒い澱が流れ出した。
うわっ……
ホカゲが思わず下がり、リリスの透ける身体を踏みつけた。
慌てて横に避けて見ると、リリスはランドレールなど気にもとめず床に手をあて目を閉じていた。
「赤様、どうかお下がり下さい」
『 手を出されるまで出してはなりません 』
「それは、わかっておりますが。でも」
わかっているけど、ああ、そうさ。私は逃げたい。
今すぐここを逃げ出したい。
今まで戦いには影で対応してきた。
こんなまともに戦ったことなんか無いんだ!
黒い澱に囲まれつつある状況で、どう動いていいか不安げなホカゲに変わって、ゴウカがリリスの前に立ち身構えた。
「攻撃は、もう始まっていると判断いたします」
『 任せます 』
「お心のままに」
ゴウカが宰相であったものに向かって左手を向けた。
その手の先から、灰になってボロボロと崩れ周囲に漂う。
腰の袋から繭を1つ取って口にくわえ、フーッと周囲に吐く。
何かがキラキラと吹き出され、灰が混じってそれを受け止め3人の周りに漂った。
「 グギギギギ 」
ランドレールからは黒い澱があふれ、宰相の身体を飲み込んで行く。
その流れがピタリと止まり、3人の周りの澱がバッと宙に舞い上がった。
四方の黒い澱が花のように開いて上から襲いかかり、3人を飲み込もうとする。
ゴウカが右手でパチンと指を鳴らす。
一瞬で周囲が煙に巻かれたようになって、ドスンと落ちてきた澱を受け止め遮った。
それは、繭だ。
ゴウカは間髪入れず右の指を唇に押し当て、歯を擦って息を吐く。
「シッ!」
バーーーンッ!!
まるで落雷が落ちたように、繭が轟音を鳴らして火花を散らす。
澱が弾けて飛び散り、繭はパリパリと放電していた。
「凄い!凄いよ、ゴウカ!」
ホカゲが耳を押さえて思わず身をかがめ、初めて戦うゴウカを見て目を見開く。
「終わりではありませんよ、ホカゲ。我らでお守りしなければ」
ハッと顔を上げると、飛び散った澱はドロドロ流れて次第に集まりはじめている。
また、来る。
息を呑んで背筋を伸ばす。
足下のリリスを見て、ギョッとした。
手が半分床に沈んでいる。
「赤様!」
『 呼んでる。呼んでいるのです!声がかすかに聞こえるのに、駄目です。
血の通わない身体では、神気が弱くて壁を突破出来ない。
身体を呼びます。後は頼みます 』
実体を呼ぶだって?!なにを言うんだ!冗談では無い!!
「そのような!まだ退路が確保出来ていません!!お止めくだ……!」
「承知いたしました、我が巫子」
ホカゲの引きつる顔をよそに、ゴウカが顔の前垂れを上げて、胸に手を当て一礼する。
リリスが胸元で手を合わせ、そして天井に向け大きく手を広げた。
「来よ!」
ズズズズ……ビリビリビリビリ、城の空気が振動して、あたりに閃光が走る。
ドドーーーンッ!!
それは城を揺るがすほどの振動をもって、澱を弾き飛ばし落雷のように落ちてきた。
思わず天井を見ても、穴など空いていない。
繭の中に煙が立ちこめ、それが次第に真っ白に輝く。
「あ、赤様!なんて事だ」
リリスを見ると、実体となって髪を白く燃やし、まぶしいほどに輝いている。
「ギ、ギ、ギ、」
部屋中に散った黒い澱が奇妙に重なるくぐもった声を上げ、瞬時に宰相の身体の中に吸い込まれ隠れた。
宰相は、顔を覆ってまぶしさから逃れようとしている。
ホカゲが、大きく目を見開いた。
今!今なら、あいつを浄化出来るのではないか?!
またとない機会に、ホカゲがバッとリリスを見る。
だが、彼は床を凝視して、すべての力をそこに集中していた。
「赤様!今なら浄化出来ます!!」
だが、動かない。
これほどの力を持っているのに、動かないことにいらだちを感じた。
「今の力なら消し飛ばせる!向こうが先だ!リリス!!」
思わず名を呼ぶと、ようやくリリスが顔を上げた。
「今、私がやらねばならないことは、悪霊の浄化では、無い」
「しかし!!魔導師なら、いつでも出来ると思ってはならないはずだ!
やれる時やるのが最善の策、後回しにして成せなかったことなど、山ほど見てきた。
いつでも出来ると思うのはおごりだ!!」
ゴウカが厳しい顔で、ホカゲに手を向け制する。
「赤様のお考えに従うのです」
「でも!」
ゴウカが静かに首を振る。
リリスは、真っ白になるほど神気を上げて床に集中して封印に向かっている。
宰相が顔を覆ったまま身を起こし、また闇を吐いてきた。
それは玉座との間に立ちこめて、壁を作ろうとしている。
「リリス!リリス!!これは好機だ!考え直せ!それはその後で出来るではないか!」
「後回しには出来ぬ」
“ 黙れ!!ホカゲ!!黙れ!控えよ!! ”
ホカゲの頭の中で、他の神官たちが黙れと叫ぶ。
割れるような声に頭を抱えていると、ゴウカが歩み寄って横から口を塞ぎ、心話で一喝した。
“ 敵の前で不和を見せるなど、正気か?お主! ”
ホカゲが顔を歪ませる。
任せよと、先ほど言ったばかりでこの体たらく。
だから青様には、あれほどなじられたというのに。
力を持つリリス自身が魔物と対峙しないことで、ホカゲはひどく焦っている。
事が済んだら、リリスを無事に城から出さねばならない。
自分の空間転移の力を当てにされているとしたら。出せるのか?また失敗したらどうする?
ホカゲは自分の失敗で、先代の巫子を失ったときの恐怖に包まれていた。




