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451、死者の残した記憶

ホカゲが真剣な顔でリリスにひざまずいて訴えた。


「下賤などと、今のあなたを見て誰が言うでしょう。

あなた様はご存じないのです。

私は、あなたに始めて会ったとき、あなたの背後には王家の紋章が輝いて見えました。まぶしくて、あなたの姿が霞むほどに。

私にはわかるのです、あなた様は、生まれついての王であると」


じっとホカゲの顔を見て、クスッとリリスが笑った。

笑っただけで、何も言わない。

シリウスに城まで与えられた先見の自分を、まるで信じてない。


「信じてませんね?」


『 ホカゲは信じてますが、ルーク様はとてもとても怪しいです。あやし〜い!

クスクス、ウフフフ 』


「えっ、ひどい、ひどいです、赤様〜」


笑って、廊下を進む。

何だかリリスの心が軽くなった。


『 さっきは怒鳴って申しわけありませんでした。自分でもビックリです 』


「ははは、確かにあなた様には珍しいことですね。

赤の巫子は戦いの巫子、それでいいのです。赤様は物静か過ぎますので」


『 そうなのですか、ではできるだけ怒りましょう。プンプン、頑張って怒りますね! 』


そんな話しでは無いのだけれど、可愛らしくてフフッと笑う。

ロウソクも付いていない昼間でも暗い廊下に、ポッと灯りを灯しながら進む。

貴族や騎士が行き交っていた玉座への廊下は無人に近く、ひっそりとその道を開放している。

誰に止められることも無く、謁見の間まで行き着いてしまった。


「おや?守りの兵が消えています。

先日までは、ここも確かに守られていたのですが」


「死にました」


後ろから、付いてきた1人の兵が声をかけた。


「死んだ?殺された?のですか?」


「はい、2人。血を抜かれて死んでいました。

それでここの守は放棄して、守りを居住棟に集中させることにしたのです」


『 血を? 』


リリスが手を合わせ、目を閉じる。

扉の前に、ほのかに小さな魂のかけらの存在を感じた。


『 お待ちを、ここに意識が残っています。

 誰かに伝えねばと言う意識が 』


リリスがのぞき込むように、それに指を伸ばす。

心の中に、マリナが降りてきた。


『 赤、恐怖を受け流すんだ。まともに受けては、いけない 』


『 わかってます、青。心に壁を1つ作って開きましょう 』


うなずき、2人で震える小さな魂のかけらに人差し指で触れる。

頭の中に、その時の光景がワッと広がった。


不気味な静けさに包まれた夜、ロウソクの明かりの下で無人のホールを守る事に慣れた頃、足音が響いた。


“ キアナルーサ王子 ”


その姿に、1人が怪訝な様子で声を上げ、頭を下げる。


顔に暗い影を落とした王子は、ただニッと笑った。


突然、胸をドッと何かが貫き、真っ黒な泥沼の底に引きずり込まれるような恐怖が意識を覆い尽くす。


その瞬間マリナが手を引き、呆然とするリリスを庇ってつぶやいた。


『 引いて、これ以上は引きずり込まれる 』


『 わかってるよ、大丈夫 』


『 王子の身体、完全に乗っ取られて汚れてしまっているね。

 あれでは魂を戻しても、すぐに死んでしまうだろう。

 闇落ち精霊に乗っ取られるとああなるのか。

 人の血を奪うのは、恐らく肉体の維持の為だ。あれではもう、生きているとは言いがたい状況だ 』


『 マリナは知ってた? 』


『 いや、確信したのは初めてだ。

 王の部屋の前で戦ったときは、まだ生気があるような気がしたけど、あれは兵を食った直後だったからだ。

 これで王子の魂の入れ物は別にする必要が確定した。

 元々アデルが殺されたとき、闇落ち精霊はアデルの身体を乗っ取るかと思ってたんだ 』


『 彼は地龍だから、魔物に汚されたら土に帰ってしまうんだ 』


『 巫子が乗っ取られるなんて最悪だ。王子で良かったと言うしかないね 』


『 全然良くない。王子の身体が弄ばれている。あれではあの身体で王位継承なんて無理だ。

 闇落ち精霊は大っぴらに殺している。あれでは罪人となってしまう。なんて事だ 』


『 わかってるよ、わかってる。あれは君の弟だ、私の赤 』


マリナが、ショックを受けるリリスの頬にキスをして、フッと消えた。


リリスが顔を上げて、足を進める。

ホカゲは何も聞かない。

知っているのかもしれない。いや、知っていなくてはおかしい。


『 参りましょう 』


「彼らは何に殺されたのですか?」


兵の1人が、追いかけるように手を伸ばした。


『 まだ、敵の姿が見えません。

 我らはまだ、正面切って戦ったことが無いのです。

 兵の方々、どうぞお戻り下さい。この謁見の間は危険かもしれません 』


「では、ドアでお待ちします。

何かあったら人を呼びに走ります」


どうしても、彼らはここを離れようとしない。


『 亡くなられた方もいらっしゃるのです。

 我らには、あなた方を守る余裕がないかもしれません。

 どうかお下がり下さい 』


2人の兵は、表情も硬く唇を噛む。

それには理由があった。


「死んだ1人は、叔父だったのです。

良い人でした、私は何があったのかを知りたいのです」


ギュッと握った手が震える。人が死ぬと影響が大きくなるから怖い。

リリスがため息を付いて手を合わせた。


『 ああ……そうだったのですね。叔父上様は、魔物と戦って(つい)えてしまわれた。

 そうでしたか、それでは納得出来ないのも道理。


 では、あなた方に判断を委ねましょう、

 ただし、たとえ王族の方が現れても、それは魔物であって本人ではありません。

 王族の方は城内のある場所から動かずにいらっしゃいます。

 すぐに逃げるのです。良いですか?すぐに逃げるのですよ 』


リリスが指を合わせ、小さな火を起こして指で何かを紡ぐような仕草をする。

そして、兵の手を取り、手首に細い火のリングを作って通した。


『 魔物避けです。実体では無い今の私に出来ることは些細なことです。

 最初の一撃はこれが防ぐでしょう。

 逃げるのです、我らに知らせる必要もありません 』


「はい、ありがとうございます。巫子様。


……あの!」


『 はい? 』


「わたしはあなたに、以前無礼を働きました。

巫子様と知らず、どうかお許しを……頂きたく……」


苦渋の表情で、頭を下げる。

リリスが、笑って名を聞いた。


「あの……ライトと、申します」


『 ライト様、はじめまして。これからよろしゅうお願いしますね?

 さあ、笑って。笑って過ごした方が、うんと心が豊かになりますよ。

 私はあなた様と初めてお会いしました 』


ハッと顔を上げる。

リリスの気遣いに、驚くほど心が晴れた気がした。


「はい、どうかご無事で。私の名は、ライト・レンブランと申します。

叔父の名はジル・レンブラン。きっとあなた様の為に働きたかったと思います」


『 はい、ありがとうございます。

恐れを物ともせず、解明したい一心でここまで足を踏み入れられた。

ジル様は、きっとあなたを誇りに思うでしょう。

ですが、敵の正体がはっきりせぬ今、命を大切にせねばなりません。

ライト様、あなた方に火のご加護を。出来ればお下がり下さい 』


「はい、お気遣いありがとうございます」


ライトは友人と共に頭を下げ、そしてドアの横に立つ。

その手首には、火のリングが燃えていた。

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