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449、では、こっそり謁見の間へ

ホカゲが上からグレーのローブを羽織り、頭からすっぽりフードをかぶって本館の廊下を進む。

人は少ないが、下級の兵はぽつりぽつりと番をして、メイドは忙しくいつものように掃除をしている。

それは普段と変わらないようで、圧倒的に違うのは、いるのは下級の者ばかりだ。

片手に夜でもないのに燭台を持ち、人気の無い階段で火の付いたロウソクに語りかけた。


「屋内は隠れそうで隠れる所などありません。

本館は魔物の息がかかった者の数が多いのです。

今いる紐付きは上級兵が多いです。目をつけられると恐ろしいほどしつこく追われます。

何度も目くらましをかけて、塔へ逃げ込みました。

やはり術で一気に移動した方が良かったのでは?」


『 いえ、城内の様子を見たかったので、お手数おかけします。

 こっそり、ひっそり、見つからないようお気をつけ下さい 』


「はい、承知しております。あなた様のお心のままに。

やはり下級兵士は毒された者が少なく、平静を保って見えます。

あっ と」


階段を降りて来る、身体の大きな青年貴族に背筋を伸ばして軽くお辞儀する。

痩せてギロリと目つき鋭く、ホカゲの顔に視線を飛ばし相手も頭を下げた。

通り過ぎ、廊下に入ると、ロウソクの火からひっそりとリリスの声がする。


『 初めて貴族とお会いしましたが、ずいぶんお痩せになっていましたね 』


「そうです。魔物に魅入られた者は、最初こそ何か無敵になったような不遜さで力強いのですが、毒に侵食されたように次第に元気を失います」


『 今の方は初期に魅入られたのでしょう。すでに気の器が壊れかけています 』


「器が?壊れると、どうなるのでしょう」


『 青が見た事ですが、器が壊れると人を形作る殻が無くなる為、容易に生気を吸い取られて灰になったと聞いています 』


「それは、死という事なのですね」


『 ええ、残念ながら。そうなると私たちの手には負えません 』


炎がパッと明るくなり、リリスが宙に抜け出した。

ホカゲが驚いて彼の手を握ろうとするが、すり抜ける。


「なりません、どうか今はおやめ下さい。謁見の間へ行くことを優先なさいませ」


『 でも、あの方は今きっかけが無いと死んでしまいます 』


「では、私が参ります」


幽霊のようにフワフワと足下がおぼつかないその貴族の後ろ姿にホカゲが息を呑む。

彼自身、魔物の眷族になった者に接触するのは初めてだ。

ずっと今まで避けていた。


「セラム卿、お身体の具合が悪いのではないか?」


声をかけると、ぐるりと首が振り向いた。

落ちくぼんだ目が、爬虫類のように見開き、大きく開いて不気味だ。

元の意欲的で野心家の姿を知っているだけに、異様な変わりようにゾッとしながらも、平静を装う。

心配しているように、優しく語りかけた。


「いや、ずいぶんお痩せになったようだが?」


「これは心配をおかけして申し訳ない、魔術師どの!

この身は万全なり、ご心配には及ばぬ!」


生気も薄く、人の気配が消えかけている。

もう、明日、明後日にも灰になってしまうのだろう。


駄目だ、これは駄目だ。

もう、卿の意識は薄い。

操り人形になっている。


『 ホカゲよ、触れて下さい 』


なりません、ここで正体が知れると眷族に遠くなります。


『 わかっています、軽く触れて。心配するように 』


セラムが、またクルリと前を向き階段を降り始める。

ホカゲがそっと手を伸ばした。


「お待ちを、良い薬を持っています」


手を伸ばした時、尋常では無い素早さで踊り場へと卿が飛び退いた。


「なにをなさる、魔術師殿。薬などいらぬ」


「いや、滋養に効く薬なので、薬といえど、薬ではないようなものです。

ご家族も心配なさいましょう」


「家族!!家族、だと?あんなものが、何の役に立つというのだ!」


家族という言葉に、ギリギリと歯を剥く。

怒りの表情で悪気に満ちた息を吐き、思わずホカゲが口を覆って一歩下がった。


これはもう、卿ではありません!

赤様、眷属の解放を急ぎましょう!


セラムが悪霊のように険しい顔で牙を剥き、手を震わせる。

その背後に、リリスは泣いている弱々しい男の姿を見ていた。



“ タスケテ タスケテ ”


“ イチド ナノデス アヤマチハ イチド イチド ナノニ ”



言葉も出ないほど弱った男が、涙を流して必死で手を合わせて口をパクパクさせる。

だが、リリスの耳には確かにその声が聞こえていた。


『 ここまで、人を、物のように。許せることと許せぬ事があるという物 』


だっ!駄目です!押さえて下さい!


ホカゲが、リリスのフツフツとした怒りに気がつき焦る。


「では、失礼する」


慌ててそそくさと、その場をあとにした。

が、それはまさに火に油の行為だった。


『 ホカゲ!何故離れる! 』


どれほどのお怒りでも受けましょう。

あなたも魔導師ならわかるはず。

時に見捨てるしか無い命もあるのです。



『 私は!見捨てたことなど無い!! 』



あの穏やかで、頭の低い姿からは考えも及ばないほどの怒りだった。

ロウソクの炎は天井まで立ち上がり、髪を真っ赤に燃え上がらせたリリスが現れ、セラムに向かって飛んで行く。



「火っ!?火の巫子?!戦いの巫子がなぜここに!」


『 迷える者よ!姿を見せよ!! 』



リリスは大きく手を広げ、逃げるセラムの身体に抱きついた。

ボンッと火が噴き出し、2人の身体が火に包まれる。


「ギャア!」


セラムは一声叫ぶと、抵抗も無くガクリとその場に倒れ込んだ。


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