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445、白い魔導師、再び

兵の数人が集まって、庭でヒソヒソと話す。

騎士のいなくなった城内は、今度は貴族がいなくなった。

役職のある者は部屋に閉じこもってほとんど出てこない。

はたして城は機能しているのかさえ怪しく、まさに、 “ 何も行われていない ” 様相にも見える。


しかも何より、王族がいないという噂まであるのだ。


「どういう事だ?城替えなさるのだろうか?」


「本城捨てて、どこかに行かれるって?まさか、アトラーナ建国の時からここなんだぞ?」


「騎士は登城するなとお触れがあるらしいが、何でお貴族様まで来なくなったんだ?」


「俺は見たぞ、闘技場がやけに静かだと思ったら、戦士様がずらりと座っていらっしゃるんだ。

あんなに鍛えていらっしゃったのに。まるで、幽霊みたいだ」


「俺も知ってる、上の隊長職の何人かが話しかけるのも恐ろしい様子だと」


「それを言うなら、見ろよ、あの幽霊みたいな奴。

魔導師だって話だぜ?魔導師ってのは、今まで塔にしかいなかったじゃないか?


しかも、……顔が無いんだ」


「えっ!?」


それは、リリスが見たなら戦慄するだろう。

十人を超す白いローブをすっぽりとかぶった、あの隣国トランの城でリューズの配下だった魔導師たちだ。

ただし今の彼らは杖を持たず、フワフワとただ浮遊しているようにも見える。

まるで城内を見張るように、欠けた騎士達の穴を埋める為か城中どこにでも漂っている。

それは、王が来客棟に籠もってからのことだった。

だが、彼ら下級兵士になればなるほど、そんな事など知らない。


ヒソヒソと話に夢中になっているうち、いきなり彼らの背後に風のように飛んできた白い魔導師の1人が現れた。


「ナニヲシテイル」


奇妙な抑揚の無い声に、皆がゾッとして立ちすくんだ。

音も無く、また白い魔導師が2人来て、3人で兵を取り囲む。

兵達はおびえて小さくなる。1人が何とか声を絞り出した。


「も、申し送りをしております!」


ローブの奥に光る、赤い光が彼らを刺すように見た。


「王子、王、王妃、皆様、オ前タチノ、働キヲ、見テイラッシャル。

失望サセルナ」


「も、もちろんです」

「もちろんですとも!」


震え上がる兵達に、圧力をかけるように迫ってくる。

突然、1人の兵が叫んだ。


「ア、アトラーナに、栄光あれ!」


驚く言葉は、普段はあまり口にしない忠誠の言葉だ。

だが、あまりの恐怖に次々と伝播した。


「栄光あれ!」

「栄光あれ」


何者かわからない白い魔導師に囲まれ、恐怖で兵が叫ぶ。

周りの成り行きを見ていた兵達も、白い魔導師の視線に恐怖を感じ、それぞれが声を上げ始めた。


「アトラーナに栄光を!」


「栄光あれ!」


白い魔導師たちはぐるりと見回し、満足したのかその場を離れてゆく。



「クククク……」



キアナルーサ王子の姿をした、闇落ち精霊が笑う。

主から見放された王の部屋はそのまま残され、王がいつも座っていた椅子にはサラカーンの姿のランドレールが座る。

だが、その姿には何故か急速な衰えが見えた。

金の髪は乱れ、目は落ちくぼんで呼吸も浅い。

ぐったりと椅子に座り、動くことも出来ない様子だった。


「王ノ、椅子ハ、ドウダ。

憎しみを、思い、出したか。

今の、オ前には、悪い、モノが、身体を、蝕んで、いる。

心を、入れ換え、なく、ては。」


「くくっ、人の心を入れ替えるだと?

私は私だ、何も変わらない。

この身体から血を抜くのをやめよ、私が動けなくなったら目的は果たせぬ」


その椅子の足下には、ポタポタ鮮血が落ちて血だまりを作っている。



「おぞ、ましい。愛、だと? 気持ちが、悪い」


「フフフ……私もそう思っていたさ……

だ……れも、私を、受け入れる者など、今まで、無かった」



『 もう……もう、会えない? 』



ルクレシアから出た言葉が忘れられない。

あのしっかりと私を見つめる、揺れる瞳の……あの美しく不安げな顔で。


暖かさが、確かにこの手に抱いた身体が、身体の感触が残っている。

ひどいことも言った、正気を失うこともある。殺そうとさえした。

なのに、別れのきわにルクレシアは言ったのだ。


一緒に逃げようと。



ああ、ルクレシア。

愛しいルクレシアよ。

ちゃんと逃げおおせたか?


お前は生きよ、普通に生きよ。


私は、お前に会えて、それだけで満足だ。



穏やかに笑って、ランドレールが目を閉じる。

闇落ち精霊の顔が奇妙に笑いながら、苦々しく歪む。


ヒュッ!


ドスッ


「ぐあつ!!」


宰相の身体に、また1本の血の槍が刺さり、ダクダクと血があふれ出す。


「オ前に、必要な、ノハ、狂気ダ。

その、身体ハ、暖かな、血ノ、通う身体。

余計ナ、ものハ、死んで、ヨイ」


ランドレールがかすむ目を呆然と見開き、奈落に落ちるような感覚にとらわれる。

ふ、と意識が遠のいたとき、何かが奥底から浮き上がってきた。


「うう……、やめろ、やめてくれ……」


歯を食いしばり、宰相の身体が宙に震える手を伸ばす。

死が覆い被さる重い手で、何かを探るように、見えない者を掴むように、必死で手を伸ばす。


「レスラ……レスラ……ああ、 だ、誰か……あの、子を……」


サラカーンの記憶に、お父様!と愛らしく微笑んで手を伸ばす小さなレスラカーンの姿が思い出される。

ギュッと手を握って、存在を確かめるように抱きついてくる盲目の息子の姿が。


すまなかった、お前から母を奪ってしまったのは私なのだ。

育てなければ、彼女の代わりも務めなければ。

大切に、寂しゅう無いように。

愛らしい微笑みの絶えぬように。



ああ、レスラよ、私の…… ああ、だれか


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