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443、侯爵家の跡取り息子

ルクレシアが首を振る。

それでも、少年の手はびくともせず、見覚えのある老人2人は必死で走ってやってくる。

逃げそうなルクレシアを、逃がすまいと必死だった。


「坊ちゃまっ!そこを!そこを!動いては!なりませ……はあはあはあはあ」


「はあ、はあ、はあ、はあ、ぼっちゃ……あっ!」


1人が足がもつれてドサンと転んでしまう。

ルクレシアは、大きく目を見開くと、思わず少年の手を振りほどいて駆け寄った。

倒れた老人の身体を起こし、膝を付いて土を払う。


「ダグレス!ダグレス!大丈夫か?ケガは?

ああ、大丈夫か?もう若くないのだ、骨が折れてしまう」


ダグレスという、最初に見つけた身なりの良い老いた男が顔を上げて痛い身体のことも忘れルクレシアの服を掴む。


「おおおおおお、おおおお、夢では、夢ではないのでしょうか?

お坊ちゃま、もう、もう、逃がしませんぞ!」


ぐいぐいとルクレシアの腕を引き、涙でぐしゃぐしゃの顔で抱きついてくる。

横でもう1人の老人が、ハアハアと息を切らせてルクレシアの肩にすがりついた。


「もう、もう逃がしませんから、この爺、もう2度と過ちは。

どうして、どうしてあの時、この爺が身を挺してもお止め出来なかったのかと、何度も何度も……

おお、おおお、お坊ちゃまーーーーー!!うおおおお、おおおおお……」


老人2人に泣きつかれて、ルクレシアがぐいぐい押さえつけられ、たまらずひっくり返った。

2人は言葉もなく、ただただ泣いている。

ダグレスは身の回りの世話をする下男で、自分の世話を子供の頃からして可愛がってくれた。

爺は、家を出るときに1人別れを告げてそっと家を出た執事だった。

忘れるわけが無い。

2人は、親よりも自分を大切に育ててくれたのだ。


でも、自分の行いは、この2人の気持ちをきっと裏切ったに違いない。

2人は、自分が立派な貴族となることを思い描いて、教育してくれたのだ。

花街で身を売るなんて、耐えられないに決まっている。


「すまない、すまなかった。忘れてくれ、僕のことなんか」


「いいえ!!今日は絶対に離しませんから!御館様も、奥様も、フィランシア様もお待ちですよ。

さあ、 さあ、帰りましょう!」


執事が手を両手で包み、涙を流して話しかける。

でも、ルクレシアは首を振った。


「帰らない……よ」


「何を仰いますか!あなた様は跡取りなのですぞ?!

旦那様も、ちゃんとわかっておいでです。ずっと後悔なさっていました。

何度も迎えを花街に寄こされたのです。

それでも、花街の住人は貴族への風当たりが強く、花街に雇われた浮浪の恐ろしい戦士に追い返されてしまいました。

人を探しにやっても口が硬く、やっと突き止めても居を移されたあとでようとしれず……」


それはそうだ、花街は隠れ住む者が多い。

だから自分はそこを選んだ。

そして自分がいた裏の花街通りは、彼らを見下す貴族の子息に乱暴を働かれ、殺された者も多く貴族の出入りは禁忌となっている。


「昨日、巫子様からご連絡を頂いて、急いで迎えに参りました。帰りましょう!

さあ、お早く。さあ!」


身を起こして道に座ったまま動けないルクレシアが、老人たちに引っ張られる。

家に帰る。

それだけのことがなんて重いんだろう。

帰れない。

身体を売って生活していたなんて、とても話せない。

待っているなんて、そんなのあり得ないんだ。


ルクレシアが、両手で顔を覆う。

うつむいて首を振った。


「頼む、僕のことは忘れて。侯爵には、僕は死んだと、死んだと伝えてくれ。

僕が花街でなにをしていたか知っているだろう?

生きる為とは言え、そんな貴族あり得ない。

家に帰っても家を継ぐことも出来ない。

弟に、家は弟に頼むと。

もう、僕は貴族なんかに戻れない、戻ることは出来ないんだ。

もう、何もかも捨てたんだ、僕に戻る所なんて無い。戻りたくない!!」


「坊ちゃま!」



ザッザッザッザ



遠くから、足音が近づいてくる。


ザッザッザッザッザッザッザ


ザッザッザッザ、ザザッ


その音がドンドン近づき、そして目の前で止まった。


指の間からその靴先を見る。

見覚えのある靴は泥に汚れて、森の中に止めた馬車から降りてきたのだとわかった。

今ならわかる、その見ただけで人の手のかかった、高価そうな仕立ての良い靴が、汚れたことなど見た事もない。


怖い


怖い


顔を見ることが出来ない。


黙ってラティを連れ、あの家を逃げ出した自分は、一度家を、家族を捨てたのだ。



「顔を上げよ」



言葉に、両手で顔を隠したまま、首を振った。



「 顔を!上げよっ!! 」



怒声が飛び、その久しぶりに聞く言葉に懐かしさが込み上げる。



お父様…………



指の間から涙があふれる。

ルクレシアは泣きながら両手を放し顔を上げた。


「ああ……」


その声の主に、信じられない気持ちで目を見開く。

アトラーナでも最高位である侯爵の父が、気位の高いあの父親が、自ら来るなど信じられなかった。

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