440、黄泉の砂は心の鏡
「 来たれ、彩りの花、心の花、安らぎの花、来たれ 」
呼ぶと次々と花が砂の中から現れ、
茎を伸ばして花を咲かせる。
キャアキャアとはしゃぐレスラカーンが優しく摘み取ろうとして手を止めると香りを嗅ぐ。
ふんわりと甘い香りに両手で一つ一つの花を手に包んだ。
「これは何色?」
「これは黄色、お前の髪と同じ色だ」
「これは?」
「青、空の色だ」
「空!ここは何色の空なんだろう」
「そうだな、ここの空は夕暮れ色だな。空は色が変わるんだ」
「色が??初めて知ったよ、ありがとう!
ああ、きれいだね、ありがとう、僕の為に咲いてくれて。いい子だね」
揺れる花を大切に両手で撫でて、笑っている。
「摘み取らないのか?」
「こんな可愛らしい命を摘み取るなんて、僕は出来ないよ」
「そうか、お前は優しいのだな。では行こう、もうすぐだ」
「うん、お花さん、じゃあね」
マリナの差し出す手に手を繋いで歩き出す。
すると、花が砂に沈んで行く先々でまた顔を出す。
「あれ?お花が付いてくるよ?」
「お前が気に入ったのだろう。ほら、見よ、お前の母だ」
見ると、遠く地平の向こうで1人の女性が手を上げる。
「お母様?!本当にお母様?!」
息を上げて興奮するレスラカーンに、マリナがグッと手を握った。
「レスラカーン、約束せよ。
離れとうないと、行くなと、帰りたくないと言うてはならぬ」
「ど、どうして?」
「良いか、心せよ。母は死者なのだ。これから輪廻を控えている。
お前に一目会いたいと一心で待ち続けた普通の人間だ。
我ら巫子とは違う、開眼していない巫子は普通の人間と同じ。
心に闇が生まれた時、お前の母は母でなくなる。
この一瞬を心に刻むのだ。」
ハッとレスラカーンが胸元の服を握る。
輪廻……生まれ変わり……
「わかった。僕も一目会えればそれでいい。
最後のお別れを言いたい」
マリナがうなずき、母親を指さした。
「行くが良い、遠く見えるがお前達の引き合う心が近くする。
この世界に距離は関係ない。」
レスラカーンが、初めて見る死後の世界で自由に走り出す。
大きく手を広げ、母の元へ。
殺伐とした夕暮れの空の砂の世界で、白いヒラヒラとした服をひらめかせて。
足の動かない母親が走り出したい衝動に駆られ、鉛のようなその足で一歩踏み出す。
その金髪の小さな子供を一目見るなり、彼女にはそれが生まれてすぐに別れることになった自分の息子なのだとすぐにわかった。
「 レスラカーン、 レスラカーーン!!私の、私の!!レスラカーン!! 」
「おたあさま!!お母様!!」
子供の足は走りにくくて、何度も砂に足を取られて転びそうになる。
サワサワと、あとを追う花たちが忙しく砂に消えては先々で花を次々と咲かせる様は、まるで地の神が歩むたびに祝福の花が咲く光景とそっくりだった。
抱き合う2人が、言葉もなく喜びの涙を流す。
マリナは優しく微笑み、そして一時をその場から姿を消した。
「うーーうっ、うっ、うっ」
ラティの目から涙がぽたぽた落ちて、砂の地面に吸い込まれる。
すると悲しい心を写すように、そこから小さい青い花が咲く。
黄泉に来て、覚悟を決めたはずなのに、ちっとも自分には進展がないように感じて毎日涙を流して花を咲かせている。
自分を育てると言った赤い髪の王様は、毎日近くで酒飲んで、こんな自分を眺めては消えて行く。
何も教えてくれない。
答えの無い答えを探して、焦るばかりで砂をかく。
水を汲む桶を作り出し、水を汲む。
ただそれだけなのに、こんな砂からなんで桶が作り出せるのかがわからない。
桶を作り、水を汲んで試せる回数はあと1回。
4回目はできたと思った瞬間崩れ落ちた。
「こんなことしてる間に、ルクレシアが死んじゃったらどうしよう」
また心が震えて涙が落ちる。
「こんなことなどと思うから出来ぬのだ」
突っ伏して泣いてると、白い素足が目の前に歩み出た。
「誰?」
顔を上げると見た事もない虹色の髪の青年が立っている。
「何をしている。
ルクレシアはもうすぐ動き出すぞ、いつまでここにいる気だ。
ここは生者が長くいる所ではない。
お前は自分の身体がどんどん衰え、死んでもいいというのか?
本体が死ねば、ルクレシアを助けることも出来ないぞ。
それとも、彼が死ぬのを待って、共に死の川に入るというのか?」
「死、死、死ぬ??!!」
「なんだ、何も知らぬのか?お前の身体は息絶えようとしているぞ。
死んだのちは犬の餌にでもしようかと考えているようだ」
マリナがはったりで意地悪くニヤリと笑った。
「え、え、餌??!!」
「さっさと帰るぞ、私が戻るまでに済ませよ」
「戻るっていつ?」
「連れてきた子を迎えに行って、戻る間だ」
「えーーー!!無理だよ!無理!こんなこと、簡単にできるものか!」
マリナがジロリと傍らで酒飲んでいる王様を睨む。
ヴァルケン王は、プイッと明後日を向いた。
「もう!赤にはべったりだったくせにっ!」
「アレはわしの血族じゃからのう。はっはっは!
それに、アレにはすでに、教えることは無かったからラクじゃったなあ」
「そりゃあ、赤は、僕の赤だからね。彼は凄いんだ。
僕は、赤がいたから開眼まで行けた。僕は赤の為ならなんでもするさ」
クルリとラティをにらみ付ける。
ラティが、ビクンと耳を後ろに倒した。
「良いか、出来ないことを言っているのではない。
出来るから言っているのだ。
何故この……」
マリナが砂の中に手を入れ、難なくバサリと桶を取って見せる。
「他愛ない技が必要なのか。これは精神修行だ。
桶がある!頑とした不動の意志が必要だからだ。
お前は心が未熟で、自分の力が使いこなせない。
今、どこに、どのくらいの、どうした力が必要か、その微妙な感覚を得ることが出来れば、お前は主を守ることが出来る!!」
ラティを指さし、マリナが揺らぎの言葉で、強く暗示にかけた。




