439、現世と黄泉の橋渡し
ポロポロ涙を流す彼に、マリナがニッコリ笑う。
「良い答えだ。お前は良い宰相になるだろう。
一時の感情に流されること無く、冷静に判断出来る。
それはお前の財産だ。大切にせよ」
ううっと、突然両手で顔を覆ってレスラカーンがむせび泣く。
優しい父親が、あんなに母のことを語って聞かせてくれたあの父親が。
「ウソばかりだ、ウソばかりついて」
ライアが隣に膝を付き、背中に手を回してさすった。
「レスラカーン様、きっとお父上も苦しかったのです」
うう、ううう、そんな事、そんな事、わかってる!!
「馬鹿だ、馬鹿なんだ。ひっく
馬鹿、バカ、バカ!バカッ!!」
いきなりその場に立ち上がる。
涙を袖で何度も拭いて、両の手を握りしめ、大きく息を吸った。
「バカ父!!馬鹿ッ!馬鹿野郎!!」
初めて、レスラカーンが口にする罵る言葉に、ライアが驚いて目を見開き言葉を無くした。
じっと見ているマリナに、ライアが頭を下げる。
側近として、まだマリナに礼を言ってなかった。
「あの時、魔物が口走ろうとした時、止めていただきありがとうございました。
主はきっと、激しく取り乱したでしょう。
それは恐らく隙を作り、大変なことになったかもしれません。
感謝いたします」
「うん、僕はレスファーナに息子を頼むと頼まれたんだ。
だから、恩に感じることは無い。
レスラカーン、座るが良い。
今度は良いことの話にしよう」
ひとしきり泣いたあと、ガックリとうつむき、もう良い事なんて、どうでもいいように思える。
「いいから座れ。良い事だ、前を向いてこの部屋を出よ。
そんな落ち込んだ顔で出たら、赤が心配する。
この火の巫子が仕事は、現世と黄泉の橋渡し。
お前の母が、大きゅうなったお前と一目会いたいと私に願ったのだ。
私はそれをかなえたい」
「母様が?」
レスラがハッと顔を上げて、その場に座った。
「母と会っても、顔も見えない……でも、会いたい。声を聞いてみたい」
「では、手を。ただ、決まりを守れ。
私の言う通りにせよ、帰りたくないとは言うてはならぬ。良いな?」
「言ったら帰れなくなるのか?」
「くくっ、私を誰と思う。黄泉で生者は異端の存在。
私の手を煩わせるなと言っている」
「わかった」
マリナとレスラが向かい合って手を繋ぐ。
「見えずとも目を閉じよ。心を1つに。無心になれ。
黄泉への道よ、開け。
我は火の巫子マリナ・ルー、道の管理者なり。
火の名において、生者が行くこと、ここに許すものなり。
ここを行くは、人の子レスラカーン。
ひと、ひと、みちゆき、ひとの形、忘れるべからず。
今こそ、現世と黄泉との道開き、我が名において人の子を導くが良い」
スッと、何か周りの音が消え、閉塞された空間に放り出された気がした。
レスラカーンの身体が軽くなり、自分が座っているのか浮いているのかわからなくなる。
突然グイと手を引かれ、フワフワした足下に足を取られつんのめる。
「あっ!」
「目を開いてしっかり歩け!」
マリナが、怖いほどに声を上げて思わず目を開けた。
パッと、まぶしさに目を閉じる。
「なに?!まぶしい!まぶしいってこう言うことなの?!」
「あー、落ち着いて目を開け。
初めて見る物が死後の世界とは、お前も難儀よの」
「見える?僕、見えてるの?!えっ?!なにこれ、僕は、僕だけど、なんで?」
手を引かれながら、マリナを見上げる。
マリナは少し年を足して青年の姿なのに、レスラカーンは何故か10にも満たない小さな子供になっていた。
「まあ、人であるだけ良かったと言うべきか、だいたい親に会いに来た者は子供に返るのだ。
ひどい奴だと、卵になった奴がいたと先先々代が言っていたな。
私が大人になったのは、お前を連れてきたからだろうさ。
ここは気持ちがそのまま現れる不思議な世界だ」
見上げるレスラがニッコリ笑う。
マリナが怪訝な顔で見返した。
「何故私の顔を見る。周りをもっと見よ」
「だって、こんな姿だったんだなあって!髪って、髪って、そんな色なんだ。
きれい、いっぱい色がね、なんかいっぱい!」
「わたしは火の巫子だからな。開眼したら、姿が変わる。
髪の色は普通の者とはたいそう違うぞ」
「ふうん、ふつうって、どんなんだろう。
わあ、わあ、ほら、気持ちいいね、足が埋まっちゃうよ!」
サクサクと、砂の大地に小さな裸足の足が一歩一歩進むたびに埋もれる。
「なんで?なんで砂なの?砂ってこんな色?」
「ああ、この砂は意志の鏡だ。たとえば」
マリナが手を差し出すと、砂がサラサラと立ち上りマリナの手の中に一輪の花を作る。
「わあっ!これ何?ねえ、これ何?!」
「まあ、砂の色した花だ。本物の花も、黄泉にはあるぞ。
母への土産に花を呼んでやろう」
「呼ぶ??花が歩いてくるの??花って、どんな色なんだろう。どんな形してるんだろう?」
マリナが微笑み、レスラカーンの頭を撫でて、しゃがみ込むと地に手を当てた。
「 来よ、来よ、癒やしの花、わが元に来たれ 」
揺らぎの声で、ささやくように呼ぶと、マリナの指の間からポコリとつぼみが1つ立ち上がった。




