438、宰相家の真実を語る
レスラカーンがライアに引かれ、2階の祭壇部屋に行く。
ドア前に控えるゴウカに、ライアの合図で軽く頭を下げた。
「どうぞ、お待ちでございます」
音も無くドアを開くと、何故か光を感じないはずのレスラカーンには光が見える。
それは、この火の巫子2人を前にすると感じていた不思議な光景だった。
「私に何かご用が?」
マリナはそれほど広くない部屋の、窓際にある祭壇の前にひざまずいている。
レスラの声に振り向くと、敷物の上にそのままあぐらをかいた。
「そういうあなたは私に聞きたいことがあるのだろう?
ベスレムから敷物を頂いた。これはとても心地よい、座るがいい」
ライアに向け、敷物に指を指す。
その敷物は毛足の長い白い大きめのラグで、美しい花模様が凹凸であしらわれて、まさに祭壇の部屋に相応しいものだった。
ライアが、レスラカーンに座るよう手を引き合図する。
そうして2人が祭壇の前で向き合うと、先に言葉を発した。
「さて、私は火の巫子だ。私が修行をした黄泉では、王族の方が下だった。
これは時代背景が関係する事実だ。よって、汝に対して無礼な物言いをするだろう。それは黙って聞くが良い」
「承知した。言葉をどうこう言うつもりはない。すでに厨房ではそうであったから、気にしない」
「よし、では、汝の聞きたいことは2つである、そうであろう?
良いこと悪いこと、どちらからが良いか?」
レスラがゴクンとツバを飲み、ささやくように即答した。
「悪いことを先に」
「良い、即答するは、良い宰相となろう。
では、心を乱すこと無きよう腹を据えよ」
レスラがうなずいた。
「では、単刀直入に語ろう。
お前の母は、お前を産んだことで亡くなったのではない。
安産で、産後も順調であった。
なれば何故、死んだのか?
その理由は至極簡単だ。
お前の母は、私と同じ青の巫子であった。
王家の1人でありながら、火の巫子である。
そう言えば察しが付こう」
レスラカーンが、大きく目を見開き、そして顔を上げた。
「父が……殺めたのですね?」
「そうだ、黄泉でお前の母から聞いた。
毒薬は、たいそう苦しく、なかなか死ぬことが出来ず辛かったと。
お前の父は狂いそうなほどに苦しんでいたが、それでも、自分はあまりの苦しさに、最後に殺してほしいと何度も言うしかなかったと。
あの一時、お前の父親は謝罪を繰り返しながら、過去の王家の亡霊に魅入られたようにその言葉を繰り返していた。
火の巫子は、すべて殺さねばならぬ、許してくれと。」
レスラカーンの目から、涙があふれて流れた。
まるで、その光景が見た事のように鮮やかに見える気がする。
モヤモヤと、見た事も無い物が、脳裏に浮かぶ。
それは彼が初めて見る動く物で、明るさしか感じ無かった彼の目が激しく動く。
「なっ!なんだ?これは、この……なんだ?これが、色という物なのか?!」
母の口から吐く赤い血が、見た事もないはずなのに、赤い色が、頭の中に広がる。
顔を押さえ、突っ伏すとその背にマリナが手を添えた。
「そうか、やはり。
お前の母が心配していた。
抱いていたお前が、まだ見えないはずのお前が、美しい瞳を自分に向けて見開いていたのだと。
泣くことも忘れ、生まれてまだ見えないはずの目が、両親の惨劇を見つめていたのだと。
何らかの心の傷を与えてしまったかもしれないと心配していたのだ。
私は彼女にお前の目は見えないのだと告げた。
すると彼女からは、汝に謝罪をと頼まれたのだ。
そして、もしかすると、汝がこの事実を知った後、それを受け入れることが出来たなら、見えるようになるかもしれないと……」
見える??ようにだって??
事実を受け入れる?父を、何の意味も無い口伝などを盲信して殺した父を許せというのか??
「 いいえ! 」
レスラカーンが、唇を噛みしめ顔を上げた。
何度も言葉を出そうとしては飲み込み、大きく深呼吸する。
流れる涙をグッと袖で拭い、大きく息を吸うとハッキリした言葉で返した。
「私は、見えなくとも良いのです!
私は、きっと生涯それを受け入れることはあっても、許すことは出来ないでしょう。
この目は、許せぬ父を、この世の中を見ることを否定した。
拒否したのだ!!
それは幼い私がもう見たくないと、見ることを辞めてしまった世界です。
ああ……なんと愚かな父上か。
言い伝えを守ることのみを盲信し、目の前の愛する家族を守ることも忘れ、考えることをやめてしまった。
私は父に言うでしょう。
あなたのせいでこの目は見えないのだと。
ああ、私は父に、父に……
若くして命を落とした母へ、その償いをしてほしいのです。
それは、母を殺したことをひた隠し、病で死んだのだと自分に言い聞かせる父は、まだつぐないが終わっていない。そう思えるからです。
殺してしまったことを受け入れるべきは父です。
父は、母への謝罪の言葉を口にして、冥福を祈る。
それでようやく償いが始まるのだと思います。
父にとっての償いは、これまでは恐らく私を愛することだったのでしょう。
それは、母を失った私への償いです。
まだ母への償いを終わっていない。私は父に、そう言うでしょう」
レスラカーンは唇を噛みしめ、握った拳を震わせていた。




