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434、導きの巫子

ルクレシアの夢は続いた。


夢の中の男は、街を外れて歩いて進むと、石を時々懐から出しては確認しながら、森の奥深くへ入って行く。

そこには、細い小川の横に小さな小屋が建っていた。


家に入ると、窓の板を上げてつっかい棒を出し、窓辺の棚に摘んできた花を添えて、やわらかな綿毛を敷き詰めた籠を置き、買ってきた石をそっと入れる。


部屋の中は本が積んであり、薬草が沢山干してある。

魔導師なのだろうか、薬草を売って糧にしているようだが、その生活は豊かとは言えないようだ。

それでも、日々の中で小さな幸せを見つけながら、心は豊かな様子だった。


一緒に庭に出ては石に楽しそうに話しかけ、嬉しそうに撫でては物語を聞かせる。

静かで、ゆっくりとした時が過ぎ、そして森の中は精霊たちが群れて、美しい光をまき散らしながら石の所へ遊びにやってくる。


朝になり、夜になり、季節が移ろい、何日も、何年も過ぎたことがわかる。

そして、

真っ黒な石はある日、鮮やかな薄い緑の石へと変わり、石に閉じ込められた精霊が顔を見せた。

石の中でほのかに光り、泳ぐように住んでいる小さな、それは小さな、美しく可憐な精霊。


男は狂喜して、石を持って1人踊り、おめでとうと石の周りを花で埋めた。




フッと、目が覚めて、ルクレシアが顔を上げる。

なんだか、冷たく冷め切った心が、温かく落ち着きを取り戻している。


「なんだろう、変な夢……でも、あの石は綺麗な石だったな」


つぶやいて立ち上がり、手探りで行き止まりの壁を探る。

コツンと指輪が当たると、ポッとドアに光が差し、ギイッと音を立ててゆっくり開いた。


「開いた?」


そっと顔を出すと、相変わらず真っ暗で何も見えない。

でも、そこのひんやりとした空気が動き、外へ続く道へ出たのだとわかった。


「精霊よ、道案内をお願い出来ますか?」


指輪を掲げ静かに告げると、ポッと遠くに光が生まれた気がした。

何故か、怖いという感情はない。

ドアから出て、壁を背に立ちじっと待つ。


その光は次第に大きくなり、そして人の形に見えた。




「 ルクレシア・ダンレンド 」




突然少年のような高い声で名を呼ばれ、ルクレシアが眉をひそめる。


「誰?」


「アハハ!呼んでおいて、誰とはなかろう」


クスクス笑いながら、その人物は次第に近づいてくる。

ルクレシアは、意を決してその輝きに自らも歩み寄った。

しっとりとした地下通路には、2人の足音だけが響く。

闇の中、一点の光が力強く、何故か心が落ち着いて行く。

次第に足を速める彼に、光る人は明るく声を上げた。


「ルクレシアよ!お前は自分への評価が低い。

もっと自分を俯瞰(ふかん)して見よ、誰も、巫子でさえもお前の真似など出来ぬだろう。

お前は自分が思っているよりも人格者であり、そして、お前の存在が人に希望を与えているのだ」


「僕はそんなたいそうな人間では無い、ふざけるな。

僕がどれほど無力で、人に助けられなければ駄目だったのか教えてやろうか。

僕は自分で働くことも出来ず、家から持ち出した自分の装飾品を売ることしか出来なかった。

僕にまかせよなどと豪語しながら、なんて無様だ」


「それはお前の親が手を回したのだ。諦めて帰るように」


「親など関係ない、僕は自分自身には何の価値も無いことを知った。

泥にまみれ、雨風に晒され、無事に朝が来ることを毎日願ったさ」


「それでもお前は生きている」


「それは人に助けてもらったからだ。

いつも腹を空かせ、食事を恵んでもらわないと生きていなかった。

僕が身体を売ったとき、相手が酷い男であったなら生きてはいなかっただろう。

それでも僕の身体は金の為に(けが)され続けた。

何が貴族だ、家を一歩出ると何も無い。

空っぽのクソみたいな人生、魔物に食わせるつもりだったのに、なんであいつは僕を助けるんだ!」


ハハッと自嘲しながら、足音を響かせ歩み寄る。

光る人から、パッと沢山の光が周囲に散って近づいた2人を照らす。

そして、その少年は真っ直ぐに彼を見据えて言葉を放った。



「 それは、あの男がお前を愛しているからだ 」



「は……?何を……馬鹿な……」


ルクレシアの足が止まり、少年が目前まで来ると歩みを止める。

そして胸に手を当て彼にお辞儀した。


「ご機嫌よう、ルクレシア。美しい名だ、お前に相応しい。

お前の父は猛々しい名を望んだが、お前の母は、お前の幸せを願って冬に力強く咲く、美しい花の名を付けたのだ。

妻を愛していた父親は、初めての子に喜ぶお前の母に命名権を(ゆず)った」


その人物は、確かに見覚えがある。


「地の……巫子?」


「君に会うのは初めてかな?僕はアデル、地の巫子アデルだ。

今はね」


「そんな……事、聞いたの初めてだ」


「そうであろうな、そう言うものよ。

お前の母は、お前と夫の苦言に挟まれてそんな思いなど吹っ飛んでしまった。

子にしてみれば、親の願いなど一方的なもので自分の人生には関係なかろう。

だが、それでも親子は縁が切れない。

たとえどちらかに至らなさを感じても、その思いはつきまとう。

神殿の孤児院に来てみよ、極端な例はいくらでも見られる。

お前はどちらだ?

至らないと思う方なのか、思われる方なのか」


「そんな事……決まってるさ、思われる方だ。

僕はいつも、何かをしなければならない気持ちに捕らわれすぎて、空回りしている。

僕にとってラティはその思いが満たされる、そんな存在だった」


「あの子は戦っているぞ、お前の為に。お前はどうする?」


「戦って??ラティが?」


「そうだ。お前も、もう一度動くのだ。

それが空回りで終わるか、すべてを終わらせることが出来るかわかるだろう。

お前はあの暗い深淵しか見ることが出来なかったあの悪霊に、恐れること無く身体をさらけ出して、暖かな人間らしい心を思い出させた人間だ」


アデルが彼に手を差し出す。

ルクレシアは思わずその手を取ろうとして、やめた。


「僕はもう、疲れたんだけどな」


急にトーンダウンするその声に、アデルが一瞬苦い顔をしてニッコリ笑うと、パシッとその手を握る。


「若造のくせに何が疲れただ。グズグズ言うな、さっさと来い!」


「巫子のくせに、何様だよ」


「巫子様だ。少しは(うやま)え、不遜(ふそん)な無信心者め。行くぞ」


アデルがルクレシアの手を引き歩き出す。

乗らない気分で、引きずられるように連れて行かれるルクレシアが大きくため息付いた。


「あーあ」


「あーあとか言うな、巫子様直々に道案内だ光栄に思え馬鹿者」


「ちぇっ、ここで餓死すれば良かった」


ブツブツぼやくルクレシアと、叱咤するアデルの声が地下道に響く。

周囲を囲む精霊たちが、クスクス笑って2人をてらした。

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