430、暗闇に続く階段
暗闇の中、ドアであるはずのそこに両手を付く。
壁の間に隠し階段があるなんて、こんなの誰も気付かない。
棚を戻す音がして、何も聞こえなくなった。
「ラン……」
彼の名を呼ぼうとして、口を塞ぐ。
指に重い金のネックレスが引っかかり、現実のことに涙が出てきた。
彼は、僕を失いたくないと言った。
失いたくない、もう身体を売るなって?はは、なんて滑稽なんだ。
それほどこの身体に執着するなら、 もっと、 もっと、優しくしてよ。
声なき声を吐きだして、仕方なくドアに背をつけ足で探り、人1人やっと通れる幅の階段を一段一段降りて行く。
しゃくり上げる口を押さえて降りて突き当たり、手で探って横に開いた口を探る。
天井が低い通路に入り、四つん這いで這って行った。
城の間取りの隙間を使っているのか。
外に出られるのかな?
突き当たりで、前の壁を押す。音も無く上にずれて、また出た先は暗闇だった。
ガッカリして、通路から出るとその場で壁を探る。
石の壁が曲面で、階段の幅が左右で違う。らせん階段だ。
踏み外さないように、慎重に降りて行く。
らせんの階段を目が回りそうになりながら降りて行くと、行き止まりに当たった。
大きく息を吐いて下を向く。
「こんな、どこに通じるかわからない所に僕を放り込んで、酷い人だよ、あなたは」
“ 指輪をかざし精霊を呼べ ”
彼が着けてくれた指輪に触れてその手を額に当てる。
急に心細くなって、また涙がボロボロとこぼれた。
いつだって一方的で、わがままで、僕に難題を押し付けてくる。
「何故、あなたは一緒にいてくれないんだ。
いつだって……いつだって、あなたはそうだ」
涙を拭いて、指輪を宙にかざす。
「精霊よ、僕を案内して。どこでもいい、出口に案内して」
声が通らない。
きっと、まだ下に降りないといけないのだ。
壁や床を探ると下への取っ手が足下にある。
開けても暗闇、どうなっているのかさっぱりだ。
仕方ないのでそっと入り、狭いはしごで怖々下へ降りる。
すぐに床に付き、降りてまた階段を降りて行く。
この棟から出るだけでいい。
あの子たちを置いていけない。
きっと殺されてしまう。
この通路を出たくて横壁を押しながら進む。だが、どこも開く気配がない。
足の感触が、木だったり石だったりしたものが、石段に変わった。
少し幅が出て、石壁を辿りながら一段一段降りる。
階段は段が浅く、女や年寄りに配慮してある。
しかしそれだけ長い。
いいや、長すぎる。
「ここ……地下じゃないか?」
だんだん湿気がひんやりとして、また行き止まりになり、取っ手のない扉が王家の指輪をした手で押すと、ポッと光って開く。
光ったときに、一瞬また先に続く階段が見えた。
「駄目だ、外に出られない」
この通路は、途中から合流することを考えてないんだ。
使うのは王や王の親族。
この狭さで敵に入られると、そこで終わってしまうからだろう。
「どうしよう、あの子たちは行かないでと言ったのに。逃げるならあの子たちも連れていきたいのに」
目を閉じて、首を振る。
僕の願いなんて、叶ったこともない。
どうにもならないことは、どうしようもないんだ。
「どうしようも、ない。
僕にどうしろって言うんだ。
何も力のない、ただの無力な人でしかない僕に。
ラティ1人助けるだけで精一杯だったんだ。
何もかも失って、それでようやくあの子1人を救えた。それだけなんだ……僕は……
僕の人生は、それですべて終わった……あとは、どう野垂れ死ぬかだけだ」
息を吐いて顔を上げ、手探りでいつまで続くかわからない階段をまた一歩一歩降り続ける。
奈落に自分で落ちて行くような暗闇の階段を進みながら、小姓たちのすがりつく姿が浮かんでは消えた。
「王よ、魔物が動き始めます」
アデルの声に、王の部屋にいる、王妃と王女も顔を上げる。
王一家はアデルの指示で執務室に集められ、ザレルとザレルの部下3人に執事のモルドーとひっそりと身を寄せ合っていた。
モルドーの他に2人の従僕がいたが、アデルが駄目だと首を振り、紐付いていると知って暇を出した。
恐らく、王の動きを知る為に紐付けたのだろう。
「準備はまだか?」
「私が塔に参りましょう」
王の言葉にロルドーが頭を下げると、アデルが首を振った。
「この部屋を出てはなりません。
私が繋ぎます、どうぞご辛抱下さい。
ただ、この城は結界が今、不安定です。
地の魔導師がその準備をしております故、彼らの術式を邪魔しない為に、術は最小限に絞る必要があります」
そう言って壁の鏡に手の平を向け、目を閉じた。
「鏡面を揺らぐこと無く、静粛の道よ開け、魔導師の長の声を届けよ」
ふわりとほのかに明るく光り、ルークの姿がぼんやりそこに映る。
気がついて振り向くルークがアデルを見ると一瞬ギョッとして、気を取り直し胸に手を当て一礼した。
『 こ、これは……え、と、アデル?様? 』
「首尾はどうか?時間が無いぞ、奴が動き出した」
『 今、そちらへの道を開く所でした。
状況は把握しております、結界の移動に手間取り申し訳なく 』
「言い訳は良い。急を要するぞ、道は私が開く。しるべを示せ」
『 承知しました。ニード、この地にしるべを付けよ 』
ルークの背後で、ニードが杖を掲げる。
『 来たれ大地の精霊、大いなる輝きを持ってしるべとなれ!
汝ら大地の子、我らに輝く地への道を示せ!
ライン・ド・レーン! 』
ニードの足下がパッと輝いた。
「よし!目標は見えた。ご準備はよろしいか?」
アデルの言葉に、王女が驚いて母を見た。
「えっ?どこに行くの?
お気に入りのドレスも、これ以外の宝石も、本もフィーネも持ってきてないわ」
「今はね、命がすべてにおいて優先されるの。
お前も王の子なれば、覚悟なさい」
「ごめんなさい……」
王女は現状を受け入れがたいのだろう。
小さく震えて、うつむきうなずいた。
「では参ります」
「うむ!」
王の力強い返答に、アデルが目を閉じ、両手を鏡に向ける。
「我が主ヴァシュラムドーンの名をもって聖なる道よ開け、我ら汝の子を通し、魔に取り憑かれし者を通すべからず」
鏡が緩やかに輝いて、その光がこぼれ落ち、細く、道が開こうとしたときだった。
ドン!ドンドンドンドン!ドンドンドン!
突然、分厚く重いドアが、揺れ動くほど激しく叩かれた。




