428,寂れる王城
ルクレシアが、いつもと変わらない中庭を通り抜け、王家の棟を目指し歩いて行く。
城内はここへ初めて来た頃より、人が減ったような気がする。
いいや、減っている。
騎士の姿はほとんど目にすることが無く、幽鬼のようにフラフラと歩く兵と忙しく働く女たちの姿ばかりが目に付く。
ヒソヒソと、3人の兵が話し込んでいて、こちらに気がつくと一礼した。
あれはまだ普通の兵だ。
彼は城内の兵を毒して配下にしていると言ったけれど、全部では無いのだ。
毒された兵は一目でわかる、幽鬼のように本人の意識が抑えられ、彼の命令を待っている。
恐ろしいほど従順で、自慢げに見せる彼の思い通りに動くのは不気味だった。
わかる、こんな自分でもわかる。
この異変は、他国に知られたら、あっという間に落とされる危険性をはらんでる。
怖い。薄ら寒さに、毎日が不安だ。
「火の巫子って奴は何してるんだ?こんなのいつまで放っておくんだ。
さっさと来てどうにかしてくれよ」
王の館の前は、通路に沿って美しく花壇が整備されていたが、今は見る影もない。
王子の奇行に恐れて、庭師が登城を控えていると聞いた。
踏みつけられた花を見て、小姓たちの顔が思い出され、ため息を付く。
『 僕らをおいて行かないで 』
悲壮なほどの訴えが、まだ耳に残っている。
あれが本心なのだ。
まだ小さい彼等が、この不気味な場所に供物のように捧げられている。
守ってやりたいと思うけど、悪霊のすることに抗うのは難しい。
僕の前で人を殺したことはないけれど、彼は人間などただのエサだと言ってのけた。
あっという間に命など吸い取られるだろう。
「精霊王などに願った事はないし、それにすがるなんて冗談じゃ無いけれど、
救いを願う声が聞こえているのなら、救ってやりなよ。
この世には、精霊って奴がうようよいるんだろう?
そしたら、手ぐらい合わせてやるさ」
そんな物、いるわけ無い。
巫子なんて、ただの魔物憑きだ。
誰を救ってくれると言うんだ。
ラティは酷い姿で森の中で震えていた。
震えていたんだ、半分精霊の子なのに。
王族の棟に行くと、兵が頭を下げてドアを開ける。
ご苦労様と声をかけて入り、廊下を歩んでまた階段に足をかけた。
廊下の突き当たりがボンヤリ輝いて見える。
目をこらすと、地の巫子の後ろ姿が見えて横の部屋に消えた。
あの部屋、……下級女官たちの控え部屋だったか。
あんな部屋に遊びに行くなんて、子供なんだな。
フフッと笑って上に上がる。
宰相の部屋に近くなると、彼のそば付きの執事が隣室の毒味部屋から酒と食事を運んでいた。
「これは王弟殿下の?王子が来ていらっしゃると思うのですが」
「ああ、ルクレシア殿、急に祝杯を上げると仰って、王子と会食を。
先ほどから随分酔っておいでです。ご注意下さい」
「わかりました。こちらは私が運びましょう。
お疲れのようだ、少しお休み下さい」
宰相のそば付きで身の回りの世話をする彼は、いつもキリッとして自信に満ちているのに何だか髪も乱れて顔色が悪い。
ルクレシアの申し入れに、ホッとして顔を上げた。
「いや、すまないがこれは私の仕事です。
なぜか先日から妙にハイになられて、少々振り回されております。
昨夜はお見えにならなかったので?」
「ええ、少し体調を崩しまして。
ではご一緒してお手伝い致します」
「ありがとう、助かります。 ……大丈夫ですか?」
「え?」
「お身体ですよ、随分お痩せになった。
しばらく暇を頂かれてはどうですかな?」
ルクレシアがフフッと笑う。
まさか、人に心配してもらうなんて、思ってもなかった。
そう言いながら、軽蔑してるんだろう?
男なんかに抱かれる僕を。
こんな汚れた僕を、さげすんでるんだろう?
「大丈夫ですよ。こちらに来たら食事が良いので、増えてしまって。
少し落としすぎたようで、ご心配なく」
食事なんて最低だ。隙間の時間で急いで食べたって少しも美味しくない。
美味しくないから食べる量はどんどん減っている。
ラティが美味しいというなら美味しいのだ、きっと。その言葉も聞けなくなったけれど。
「そうでしたらよろしいのですが……ご無理なさらず。失礼しました」
執事が、顔を上げて笑った。
「いえ」
何故か、ルクレシアの胸が痛んだ。
それは、きっとこの執事が本当に自分を心配しているのだとわかったからだ。
自分はいつからこんなに無粋な人間になってしまったのか。
うつむくとため息が出た。
執事がドアをノックして、静かに開く。
ルクレシアがそろって一礼し、顔を上げた。
な……んだ?この部屋は?
思わず口に手をやり、大きく目を見開き一歩下がった。
その部屋は、まるで闇の中のように澱んでいた。
室内が、苦しくなるほどの何かに満ちている。
思わず室内を見回し、動きが止まった。
ルクレシアは、ラティという寄り添い合っていた仲間を無くしてガクリと力を失っています。
彼の為にと頑張っていた気力が切れそうです。




