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427、震える小姓たち

部屋中に散乱した服を直しながら、ルクレシアがため息を付く。

何者なのかわからない、底冷えのする恐ろしさに身震いした。


それは先日のことだ。


いつものようにルクレシアは、死の色が濃い王子の身体を拭き、そして服を着せてベッドの横に座りどうしたものかと考えていた。

地の巫子への接触は、ランドレールに見つかり一喝された。

すると次に当てに出来るのは、魔導師の塔しかない。

しかし魔導師と彼は敵対していると考えるのが普通だ。

ここに来て魔導師の姿を見たことは無い。

恐らく彼に毒されるのを懸念して、接触を断っているのだ。


ルクレシアは密かに繋ぎを取る為に、ラティに頼もうとした。

だが、最近姿を見ない。自分を捨てて、出て行ったのならそれもいい。


寂しさが心を冷えさせて目を閉じると、ラティの気配だけが隣に残っている。

まだ、まだ耐えられる。あの子の気配を感じられる今だけは。

でも、それも消えたら僕は耐えられるだろうか?


ため息を付いて、そう思ったその時だった。


ドアの下からもの凄い勢いで大量の血が侵入し、そして王子の口と鼻から中に侵入したのだ。

王子の身体はひとしきり暴れ、そしてカッと目を開けて壁際まで逃げた彼をギョロリと見た。


あまりの恐ろしさに彼は外に逃げ出そうとしたが、身体は恐怖にすくみ、家具に隠れて息を殺し、じっと様子を見ていた。

そうしてしばらくすると、宰相の姿のランドレールがやって来たのだ。

彼は起き上がる王子の手を取り、嬉々として声を上げた。


『 またすべての火の眷族を殺し尽くそう 』


また?とはどういう事だ?

火の眷族とはなんだ?精霊のことなのか?

でも、火の精霊は災厄の時に滅んでしまったとお婆さまが……


そう言えば、先日の青い火に包まれた空……

あの日から、街は火の巫子の復活の話で持ちきりだった。

災厄は火の神殿のせいではなかったとか、魔女などウソだったとか。

この数百年当たり前だったことが、あの日にひっくり返されてみんな混乱していた。


そうだ。災厄は王家が原因だったとかふざけてる。

そして、そして、あの空から響いた声は、なんと言ったっけ?

ああ、なんでもっとよく聞かなかったんだろう。

僕はそんな事自分には無関係だと、関心も無かった。


火の精霊を殺す?

まさか、災厄は本当に……王家である彼が、起こしたの……か?


内情に全く興味の無かった彼が、初めて自分の頭で考え始めた。

ルクレシアの手が止まり、宙を見つめる。

すると背後のドアがそっと開き、小姓の少年たちが顔を出した。


「ルクレシア、ここは私たちで片付けます」


「あ、ああ、ありがとう、それじゃお願いするよ。

僕は宰相に会いに行って来る」


小姓たち3人が、王子がいないことを確認して恐る恐る入ってきた。

ルクレシアの姿を見ると、ホッとする。

王子は1人服をまき散らし、気に入った物を合わせるとベルを鳴らしてルクレシアを呼び、服を着て勝手に出て行ってしまった。

自分で服を選ぶ所を見ると、人に近いのかもしれない。

一言もまだ会話を交わしていないだけに、一体何が王子の身体に起こっているのかさっぱりだ。


「ルクレシア、王子はどうなったのですか?」


「メイ、みんな、いいかい?王子に疑問を持ってはいけない。

それが無事に生き残る道だ。わかるね?」


小姓たちが、恐怖に沈んだ顔で小さくうなずく。


「僕らは怖いのです。逃げ出したい。

でも、僕らは人質のような形でここにいます。

お父様は宰相様に謀反の疑惑を持たれ、僕を差し出すことで今の地位を維持しています。

謀反など考えていないと何度訴えても聞き入れて頂けなかったのです。

母様や弟を路頭に迷わせるようなことはしたくない。僕らは……」


彼らの親は、キアナルーサを失脚させ、リリスを傀儡にしようとした貴族たちと懇意だったために、粛清の煽りを受けて疑惑を持たれていた。



3人が、悲しい顔でたまらず顔を覆う。

ルクレシアが、優しく彼等の肩を抱いた。


「いいかい?巫子様の火を見ただろう?

あれは希望の火だ。きっといつか、この息苦しさから解放されるときが来る。

だから、じっと息を潜めて頑張るんだ。できるだけあいつらの機嫌を損ねないように」


そう、言うしかなかった。

そうで無ければ気が狂いそうだ。


わかっているのさ、みんな。

誰も助けになんか、来やしない。

戦いでも始まって、身を守るすべを持たない僕らは真っ先に殺されるだけだ。

でも利用させてもらうさ、この子たちの心を守る為に。巫子様って奴を。


3人の中で一番年長のメイが涙を拭いて顔を上げる。


「……わかりました、みんなで支え合って頑張ります。

ルクレシア、お願い。どこにも行かないで、僕らをおいて出て行かないで。

お願い、お願いします」


「いい子だね、メイ。大丈夫だよ、僕はずっとあいつのそばにいなくてはならないんだ。だから心配いらない」


メイたちが涙を拭きながらうなずいて、手を動かす。

ルクレシアは、彼等に後を頼んでそっと部屋を出た。

廊下を見回し近くの部屋を見る。

そこは良くわからない、随分綺麗な少年と不気味な黒い少年が住んでいる。

彼には触れるなとだけ命令されていた。


ため息を付き、渡り廊下の方へ歩き出す。

思いとどまり、階段へ向かい、気分転換に庭に出ようと思った。

息が詰まることばかりで気分が悪い。


腕を見て、見てわかるほどに細くなった手首を握った。

食欲なんて、ラティもいないのに出るはずも無い。

ラティを失って、自分は一体誰の為に生きているのかさえも……わからなくなっていた。

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