425、転生というもの
エリンの胸の中で、リリスが涙を流して彼の上着を濡らす。
しゃくり上げる声が次第に収まってくる。
心に密かに隠し持っていた悩みを自分たちに語ってくれた事は、エリンには嬉しかった。
「よく、話して下さいましたね。
それは少しも恥ずかしいことなどではありませんよ。
あなた様の置かれていたお立場は、人として一番苦しい所です。
沢山、人間の嫌な部分を見てこられたことでしょう。
よく、頑張られましたね。
でも、その辛い出来事も遠く過ぎ去ったこと。あなた様はもう、前に歩き出さなくては」
エリンの言葉に、涙を拭いてようやく顔を上げる。
不安げな顔に、首を振る。それでもまだ、リリスは問いただした。
「終わってない、終わらないのです。
心の中で、私はいまだにあの養育係だった方に、怖くてずっとかしずいています。
嫌いに……なったでしょう?みっともないって、笑って下さい」
「そのような事はありません。
赤様、忘れて下さいとは言いません。
でも、もうあなた様は人から鞭打たれることなどないのです。
我らが命かけてお守りします、盾になります。
どうか、安心して我らの名をお呼び下さい」
エリンが、言い聞かせるようにリリスに語りかける。
「でも……」
「許せないのですね?その御仁を」
「いいえ、お亡くなりになる前、お見舞いをしたときに謝罪されました。
私はそれで自分の中では解決したと思っていたのです。
でも、変わらず……いいえ、あの方にお会いした為に余計夢を見るようになりました。
亡くなられたことで、かえって怖くなりました。
あの方の気配が、家のあちこちに残っているのです。あの家に1人でいるのはとても怖い。
私がこんなに弱いとは、自分でも驚きです」
戸惑うリリスに、エリンがくすりと笑った。
「あれほど命知らずで勇猛果敢に戦う御方に、そのような弱みがあったとは。
あなた様も人間なのだと、私は安心致しました」
リリスがポッと赤くなり、ニッコリ笑う。
「誰かの為に戦うことには怖さも半減します。
きっと、それは1人じゃないからだと思うのです。
戦っているとき、背中に沢山の人の意識を感じます。頑張れと。
エリン様、お話しできて良かった。
母様にも、イネス様にも、このことは言えず苦しかったのです。
ああ、良かった。本当に」
ホッとして何度もうなずいて目を閉じ、大きく息を吸って吐いた。
「なんと、言う事か……赤様」
ホムラが、わなわなと手を震わせ近づいてくる。
顔にかかる前垂れの向こうで、顎からボタボタと涙が流れていた。
「お許しを、お許し下さい。
我ら守が寝ている間に、なんと言う仕打ちを。
おおお、我らが守っていなかったばかりに。
赤様、申しわけ、申しわけ……あ、赤様」
しかし突然リリスが、近づくホムラに頭を下げた。
彼に初めて会ったときの言葉は、忘れたことがない。
彼らは下卑た育ちは巫子に相応しくないと言ったのだ。
でも、今はそれを問いたいのではない。
ただただ、この胸に残っているモヤモヤをすべて払いたかった。
「ごめんなさい、私は神官様方に何と思われているかはわかっております。
生まれはどうでも、育ちは確かに下卑たものです。
でも、私はあなた方を心から信頼しております。
都合の良すぎることと存じております。
ですがこれからも、どうか私と歩んで頂けますか?」
微笑みながら、過去を蒸し返したリリスに、ヒイイッとホムラが息を呑んだ。
バッと地にひれ伏し、額を地面にこすりつける。
何度謝ろうと思ったか、言い出せないうちにうやむやのつもりだった。
やっぱり!!やっぱり覚えておいでだったのだ!!
「ホムラ様!頭を上げて下さい!僕はそんなつもりじゃ……」
「申しわけありません!申しわけありません!申しわけありません!
ごっご無礼をっこっ、この首、カッ切ってお詫びを……」
「え?!えっ?!えーーーーー!!
駄目です!僕が許しません!ホムラは私の守でしょう!許しませんよっ!」
リリスが驚いて膝を付き、ホムラに飛びつく。
「え……?」
ホムラがそっと頭を起こし、呆然とリリスの顔を見た。
「あ、あ、なんでしょう、いきなり言えました。
でも、言っていいのでしょうか?様を外していいのでしょうか?」
「もちろん、もちろんでございますとも。
もう一度、お聞かせ下さいませ。どうかもう一度、お呼び下さいませ」
ホムラの言葉に、キョトンとして、気恥ずかしそうに笑う。
自分は何かきっかけが欲しかったのだと、どこかホッとした気がしていた。
「うふふ、ホムラはおかしな事を言いますね」
“ ほんにホムラは可笑しな事を言うのう ”
リリサレーンが笑って言うその姿が、リリスの顔と重なって消えた。
あの御方は生きていらっしゃるのだ。
ちゃんとこの御方の中に生きていらっしゃる。
これが転生というのだろう。
ホムラが身を起こし、顔にかかる前垂れを上げて、膝を付く彼の手を両手でうやうやしく取り額に当てる。
心から、愛しささえ感じるほどに、リリスは乗り越えることが出来なかったリリサレーンの死を優しく包み込み、そして何も見たくなかった自分の目を開いてくれた。
「我が巫子よ。この身、この命かけて、あなた様にお仕え致します」