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423、後戻りが出来ない物

館の喧騒をあとに、リリスが裏口から出ると静かな緑に包まれた裏山を望む。

皆、城に乗り込む準備と、加勢の受け入れ準備に忙しい。

騎士3人は、レナントの戦士と城下へ情報収集と乗り込む前の情報流布に動いている。

皆、巫子が亡くなり、リリスの宣言を聞いて戦意が上がっている。

それはそうだ。戦意を上げる為にあんな無茶を言ってしまった。


無茶だ、自分はマリナのような人並み外れた物は無い。


裏山に向かって歩き始める。

最近、家事から離れて久しい。

両手を見ると、手荒れはすっかりなりを潜め、まるで貴族の手のようだと思う。

イネスは巫子と言えど、鍛錬のあとがある。

彼は今朝も早くから、山に行くと言って出てしまった。

辛い気持ちを払拭する為だろう。


いつも薬草採りで慣れた、木々の間の緩やかな傾斜を登る。

リリスは人を避け、最近毎日山に入っていた。


出来れば旅をしたいと思うけど、今はその時じゃ無い。

自分が何を期待されているか、肌で感じる。

戦いになったら自分は、一番前に出なければならない。


それでも、肝心の自分が、ひざまずく人が増えるたびに気持ちが落ちるのを感じる。

最近、周囲に凄い人が集まるので、自分の無力がきわだっている。

そのくせ周りの様子にやたら目がいって、戦意が落ちないようにと腐心している自分が滑稽だ。


リリスにとって増援は驚くべき事で、喜ぶべき事なのだろう。

だが、魔物に対して無力である普通の人間が増えるほどプレッシャーになる。

守らねばならない者が増えるという事だからだ。


自分の力の大きさと、守れる人の数は直結する。

それをひしひしと実感する。


小さく小刻みに息を吐く音が家とは違う場所から近づいてくる。

自分を追い越し、そして目の前をグルグル回った。

犬さんだ。

犬さんは相変わらず、家の中にはちっともいない。

この数日、姿を見なかったので、風の丘から出ていたのかもしれない。

まあ、人に危害は加えないだろうけど気が回らなかった。

まだ正体がわからないけど、精霊じゃないかなあと思う。

ならば人嫌いで納得がいく。


傍らに来た犬さんの頭を軽く撫でて、先へ進む。

ホムラとエリンは無言で付いてくる。

エリンの息づかいを聞きながら、彼の神官オキビへの洗礼を行わなくてはならないなと考える。

でも本当に神官にしていいのだろうか。

彼らミスリルは断るすべを持たない。いや、持てない。

選べる道が少なすぎて、選択肢が限られるのは悲劇だ。

神官に一旦なれば、抜けることは叶わない。


“ 我らの中には、その名を頂く火打ち石があるのです ”


そう、にべもなく言う残酷さ。

彼らはその一生を、火打ち石をその身に秘めた瞬間から巫子に捧げるのだ。


嫌なことばかりだ。


神官って何なんだろう。

巫子ってだけで、荷が重すぎるよ。


イネス様はどうなんだろう。

巫子は一生を精霊と人間の間で暮らす。

それに重荷を感じたことはないのだろうか……


「赤様は、巫子と言うお立場を素直に受け入れられたのですか?」


「え?!」


エリンが突然問うてきて、横からホムラに睨まれた。

足を止め、振り向くとエリンが仮面を外し、腰に挟み込む。

自分がどこへ向かうかわからないので、外に出るとき彼は仮面を着けていた。


「巫子、ですねえ……

実は今でも、何をどうするのかさっぱりで。

青が率先して動いてくれるので、あーこれでラクが出来るとか、不届きなことを内心思ってるんじゃないかと、自問自答中なのです。青は今誰を動かすべきで、誰が動いてくれるかを知っていますから。


でも、ですね。

赤の巫子とは、一体何をするのでしょうか?

グレン様に聞いたら、出来る事をなさいませとしか教えてくれないのです。

私の頭はもう、バーーーン!!しそうです」


横で、犬さんがキシシシシと笑っている。


「今の赤様にはそう言うしかないのですよ。

赤様は日を冠し、火を操る巫子。

ですが肝心の火の眷族がおりません。何をどうするべきなど、言いようがないのです。

だから、動けない赤様の分、青様が動いておいでなのだと思います。

戦いの前に、封印された火の眷族を起こす必要があります。

そうせねば、また赤様はご自分の中の火種だけで戦うという、危険な戦い方になります。

もうあのような御無理など、絶対になさいませぬように。

あなた様に代わりなどいないのです、私は生きた心地がしませんでした」


ホムラが珍しく、一気に話してお説教で終わった。

リリスがクルリと背を向けて、また山を登りながらくふふふと笑う。

ホムラが、怪訝な顔であとを追い始めた。


「何か?」


「だって、やっぱりですね、私はホムラ様のお説教を聞かないと、やる気が出ないのです。

もう、修行開始前の合図ですね」


「なっ!」


ホムラが、真っ赤になって上げていた前垂れを降ろす。

横でエリンが、プッと吹き出しまた睨まれた。


「エリン様には、オキビになって頂かなくてはならないのですが……

本当に神官などになられて大丈夫ですか?」


「など、は余計でございますぞ」


「だって、神官になったら後戻りが出来ないのですよ?

なかなかに厳しいと思いませんか?ホムラ様方はキツいなあとか思われないのですか?」


「何を仰るか!この神官と言うお立場を頂くなど、この上ない幸福!

私は!」


「あーわかりました。すいません、ホムラ様に聞いた私が馬鹿でした」


「赤様!」


「なんか、後戻りの出来ない物って、大変だなあ!って思っただけです!」


リリスが、一気に駆け上りだした。


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