421、闇落ち精霊の怨念
ルークの現し身である小さな人形が、恐れに震えて思わず下がった。
バレた。自分が神官だと、あっさりわかってしまった。現し身の人形で。
今までしてきたリリスへの冷たい対応を考えると、自分が本当は彼にかしずくべき火の神官であったなど、その恐れは百倍になった。
乱れる息をなんとか整え、まとまらない頭にカツを入れる。
今は、今だけは、わかってもらいたい、わかって欲しい!そうするしか無かったのだと!
すり切れた木の床を見つめ、意を決し、ズルズルとリリスの下に這って行く。
そしてすがるように足下まで寄ると額を床に擦り付けた。
「も、も、申し上げます!!こ、これは確かに私の落ち度、でございます!
こうなることなど考えなかった私の落ち度!
しかし、しかし!!
あの時、アデル様は不安など一切口にはされませんでした。
大丈夫だと、我らに安心感をお与えになられました!
……ええ、
そうするしか無かった。手が無かったのでございます!!
大丈夫だと笑って仰った。
それは我らへの心遣いだと思うのです。
そうするしか、他に道は無かった、誰もあの石を封じる力など有していなかったのです。
だからこそ、巫子の復活を待つ間、先の見えていたほんの一時、先送りの手を探した我らの、あれは答えでした。
それが……こんな事に……なるとは……」
イネスがあふれる涙を抑えて、背中を見せる。
リリスが大きく息を吸い、そして吐いた。
わかっている。
ルークの、ホカゲの言う事は真実なのだ。
だが、
見回せば、シャラナも震えている。
誰もが、巫子の怒りと悲しみに恐れを成している。
それは、彼等の悲しみや怒りは、精霊王に直結するからだ。
巫子とはそう言う者なのだ。
自分も日の神と、火の神の存在が心で感じる。
イネスも同じだろう。
精霊王たちの心は、すでに王家から離れている。
この期に及んでもまだ、王家がどうしても火の神殿の再興を許さないというのならば……
彼等が周辺国に声をかければ、この王家の弱体化した今、アトラーナは……この国は……
簡単に他の国に飲まれてしまう、滅んでしまう。
1人の巫子の死で、本当の戦が始まってしまう。
早くこの場を納めなくては。
イネス様の悲しみが、ヴァシュラム様を動かしてしまうかもしれない。
リリスが目を閉じ、そして顔を上げた。
大きく深呼吸して、心を落ち着ける。
皆が動揺しているのはわかっていた。
「申し上げます」
リリスが腹を決め、静かに告げる。
気がつくと、廊下まで騒ぎを聞いて皆が集まっていた。
ヒソヒソ話す声が、ざわざわと外から聞こえ始めている。
倉庫の薄い板壁に、声は筒抜けだった。
「皆様!!皆様、お聞き下さい。
地の三の巫子アデル様が、みまかわれました。しかし、我らは戦いのさなかにある。
1人の死が、我らの心の団結を乱すのは死した者の本意では無い!
ないのです……アデル様に、怒られます。
私は、そう……思います。イネス様」
背を見せ、うつむいていたイネスが、顔を上げ、涙を拭いて振り返った。
「リリ、すまない。……心では、わかっている。でも、」
「この件は、災厄の元となった呪われた剣一本が引き起こしたもの。
その剣が今もある事に、私は不思議に思っていました。
たとえ火の巫子がいなくとも、精霊王そろって破壊することが何故出来なかったのか」
その言葉に、ハッと目を見開き顔を上げる。
「剣を破壊すること無く、ただ封じたのは、本当に、そうするしか手が無かったのだと思います。
悪霊の存在も同じ。
精霊たちにとって、人間に害なす悪霊の存在など、気にもとめないことなのでしょう。
人間と精霊の橋渡しが巫子の勤め、そしてそれぞれに役割は別れています。
ならばそれをするのが、破壊出来るのが、きっと我ら火の者なのです」
小さく、細く息を吐く。
イネスの心が、ようやく収まりを見せて静かにうなずいた。
イネスが、リリスから一歩下がり、そして片膝を付き、胸に手を当て頭を下げる。
「火の巫子よ、地の三の巫子のかたき、どうか、どうかお願いする」
リリスがうなずき、胸の前で両手を合わせて目を閉じる。
ボッと髪が燃え上がり、見開く両眼の瞳が赤く燃えた。
「天に日、地に大地がある限り、我らの誓いは揺らぐことなし。
災いもたらす災厄の根源、この命かけて、すべて断つ!!」
その言葉が、村を越えて城まで響く。
ランドレールが、宰相の姿で立ち上がった。
起き上がる、キアナルーサの身体が彼に手を伸ばす。
何者かわからないそれに、恐れてルクレシアが壁際まで下がった。
「聞いたか?赤の巫子、戦いの巫子の声だ。ジレ、いや、キアナルーサ。
戦いののろしが上がるぞ。
またすべての火の眷族を殺し尽くそう」
キアナルーサの顔が、ニイッと笑う。
それは、アデルの中から逃げ出した、精霊の石からあふれ出た血。
闇落ちした精霊の怨念だった。