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420、ルークの報告

祭壇の前にいたマリナが、顔を上げた。


居間でリリスと話しをしていたイネスが突然、呆然と立ち上がる。

異変を肌で感じたリリスが、蒼白な顔で彼の手を握った。


巫子の死は、すべての巫子がその時感じて、1人欠けることの恐怖に戦慄した。




シャラナが薬草倉庫で水盤に向かっていると、ぴょこんと傍らの人形が立ち上がった。


「あら、長ではありませんの?城の結界は?」


その人形は、レスラカーンが城から逃げるとき連れてきた、ルークの現し身に使っていた人形だ。

人形はテーブルからボタリと落ち、ドアへと歩き出す。


「ちょっとルーク!」


シャラナがあとを追おうとしたとき、廊下のドアが開いて、ドタドタと数人の足音が響いてきた。

人形は毛糸の髪を逆立てながらブルリと震え、慌てて後戻りをしてシャラナのドレスに隠れる。

簡素なドアを、コンコンと誰かがノックした。


「師よ、私が出ます」


弟子のララが、ドアを開けるとサッとホムラが一歩先に入ってドアを押さえる。

その後をリリスが一礼して入り、それを押してイネスがサファイアを連れ、憤怒の形相で入ってきた。



「ルークが来てるはずだ!どういう事か?何があった?!」



ブルブル震える人形が、よろめきながら前に出る。

そして、イネスに向けひれ伏した。


「三の巫子様、ご逝去でございます」


ざわりと一瞬、そこにいた皆が驚き、動揺した。


「アデル様?地の巫子が?」


「死んだ?まさか?!三の巫子が??」


口々に言葉を発し、ドアで聞いていた1人が慌てて他の者も呼びに走る。

巫子の死などと、普通の者には思ってもいない情報だった。


「わかってる!だからどうしてそうなったのかを知りたい!」


「アデル様は、城のほこらの調査でおいでになり」


「知ってる」


「我らに手を貸される為に、(なが)のご滞在を」


「知ってる!」


「災いの1つとなっていた、剣の飾りであった闇落ちした精霊の石を……」



「アデルになにをさせたっ!!」



イネスの怒りの前にルークの言葉が詰まり、いっそ死んだ方がラクだと思う。

人形が蹴られて、バラバラにされるのも覚悟した。


「地龍の腹の中に……いっとき、お預かり頂き……」


イネスが、大きく息を飲み込み、見た事もないほどに髪を逆立て怒りをあらわにした。

怒りの頂点とは、こういうことを言うのだろうか。

わなわな震えて、言葉も出ない。

あまりの怒りにめまいがして後ろに倒れかかると、サファイアが支える。


「アデル様が、地龍であるという事は……」


「し、知ってる。地の、巫子は、し、知って……は……」


イネスが卒倒して意識を失った。


「イネス様、イネス様!」


サファイアが声をかけ、揺り動かす。

だが、イネスはあまりのショックで目を覚ます気配がない。

彼は初めて同胞の死を経験するのだ。

老いた神殿の関係者が死んでも、ここまでショックを受けたことはなかった。


「上でお休み頂きます」



「いいえ!」



サファイアが抱きかかえようとすると、リリスが遮り首を振った。

その顔は、言い表せない感情が入り乱れて、強い意志をたたえていた。


「百合の戦士が同胞の死で倒れていては、戦いにも出られません。

イネス様は、そう言う御方では無いはずです!」


皆が驚くほどに気丈なリリスが、イネスの襟を掴むと、バシンと平手で殴った。

ハッとイネスが目を開けて、自分を取り戻す。

打たれた頬に手をやり、呆然とリリスを見る。

その痛みが、現実なのだと突きつけた。


「リリ……、アデルが、死んでしまった。

僕は、兄様になんと言えばいいんだ?」


両手で顔を覆って、サファイアに抱かれたまま涙を流す。

彼は兄弟の1人を失ったのだと、リリスには十分わかっている。

それでも、泣き崩れるイネスにリリスは言葉を続けた。


「イネス様、あなたはご自身を百合の戦士だと仰ったではありませんか。

アデル様は戦って命を落とされたのです。

ならば、セレス様になんと言おうかと考える前に、やることがあるはずです。


しっかり、しっかりして、しっかり、私は、私は、まだ泣きません!」


イネスが両手を降ろし涙で濡れた顔でリリスを見上げる。

リリスはボロボロ涙を流し、その涙を拭きもせず拳を握りしめて立っていた。


辛い、悲しい、胸が締めつけられる。

アデルの姿を思い出すたびに涙は限りなく流れて止まらない。

死ぬなどと、あり得ない者だった。

彼は地龍なのだ。


「何故……あいつが死ぬんだ」


イネスが涙を拭いて、立ち上がる。

大きく息を吸って吐き出し、そして、リリスに頭を下げた。


「すまない、取り乱してしまった。もう大丈夫だ」


「イネス様、あやまらねばならないのは、火の同胞である私なのです。

神聖なる龍の腹に闇落ちした物を預けるなど、それは死ねと言ったも同じ。

あれは……ルークは私の神官ホカゲ、神官の罪は私の罪でございます。

殴って申しわけありません。百倍、いえ千倍、私を殴ってくださいませ」


ルークが息を呑んで震え上がった。

現し身の人形でありながら、今のリリスには見抜かれる。

刺すような視線には、自分の神官が引き起こした取り返しの付かない結果に、厳しく問い詰めるような圧力を感じた。

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