418、アデル、暗転
ズルリ、ズルリ、……ザザザザザ……
暗闇の中、何か大きな固まりがうごめく音と、泥が流れるような音が狭い地下通路の中に響く。
「……デ、デ、デ……タイ……デタ……イ……」
地下の暗い中を、その魂は泥の身体でひたすら出口を探して彷徨っていた。
そこは城の真下、地龍の腹の中。
身体を失った闇落ちした精霊の石が、地の魔導師ニードの作った出来損ないの泥人形に取り込まれたままそこにいた。
時間が止まったように、泥人形は形を崩したものの石を取り込んだまま離さない。
「オ……ノレ、オノ……レ。オ、オ、オウケ、ユルサ……ホ、ホ、ホ、ロボス」
今だ、今なのだ。
私のあの人を殺した。あの、あの、剣……
何百年たっていようと関係ない。
剣を持つ者が、とっくに死んでいようと関係ない。
あの人の名も思い出せぬ歯がゆさに満ちた、この心。
あなたを殺したあの剣に、長年飾られてしまったこの口惜しさが、
この石を突き破るほどに、
膨らんで、膨らんで、膨らんで、ふくらんで、フクランデ、
ワタシノココロヲ、スベテヲ、クロク……クロク……クロク!!
「ユ、ユ、ユ、ル、セヌ……ユルサヌ
ホロボサネバ、コノクニヲ、ドクデ、ミタサネバ。
コノミ、クチルコト、ナキ……エイゴウノ……ニクシミヲオオオオオオオ!!」
石は立ち止まると、ドロリと高く、細長く立ち上がった。
「イシナド、ワタシヲ、ツツム、イシナド……イラヌ!!」
泥が、核となる赤黒い精霊の石を高く掲げて立ち上がる。
そして、ゆらりと壁に傾ぐと、その泥に包まれた石を壁にぶつけ始めた。
ガキンッ!!ガキッ!!ガキンッ!!
赤黒く渦巻く石の表面には、アデルが封じるときに付けたヒビが少しずつ広がって行く。
ガキッ!!ガキンッ!!
ガチャンッ!
何度も、何度も、叩きつけて形を崩しては、また細長く石を掲げて壁に倒れ込み石を石造りの壁にぶつける。
石は最初硬い音を立てていたが、次第に音が変わっていく。
地龍は長く地下道と同化している為に、その腹は石化が進んでいる。
うごめく地下道が、小さく震えて守の犬を呼んだ。
「オンオン!」
離れた場所にいた犬が、壁を突き抜け一気に駆けてくる。
「ハハ…………アハハハハハハ!!アーーーー!!アーーーーー!!
シ、ンデーーーーシ、マエーーーーーーーーーーーー!!!」
やがて精霊の石が弾け、石の中からドッと赤黒い精霊の血があふれ出す。
それは一気に地龍の腹を駆け巡り、その血に触れた場所は強烈な悪気に触れて砂となって崩れ落ちて行く。
駆けつけた守の犬は、押し寄せる津波のような血に飲まれ、口からボッと火を一吹きして砂となって消えた。
ルークの部屋にいたアデルが、腹に手をやり、口を押さえる。
手が震え、その初めて見る様子にオパールが思わず一歩下がった。
「ア、ア、アデル様!!」
「ま……まさか……!!」
ハッと、ルークが青ざめて立ち上がった。
振り返り、目を見開くオパールが、救いを求めてルークを見る。
彼には一体何が起きているのか到底わからない。
だが、2人には何が起きているのはわかっていた。
「 ……オパール、戻れ 」
はらりとアデルの黒髪が一筋頬に落ち、足下の影が薄れる。
ルークが絶望的な顔で、よろめきながら数歩歩み寄った。
「まさか……お前……なんともないと、言ったじゃないか!
ウソだと……冗談だと言ってくれ…………
おい、おい!!地龍様なんだろう??!!アデル!!」
アデルは一歩も動けず首を振る。
ルークが震えながら立てかけていた杖を思わず蹴り、杖がガランガランと音を立てて倒れた。
「あの時……あの時、あなたの腹にと頼んだのは私だ!
この!私なんだ!」
頬をかきむしるように爪を立て、自分を責めるルークが取り乱して叫ぶ。
自分の頼みが地龍を殺してしまう。
その罪の重しが、遠い火の神殿での出来事と重なり、恐ろしいほどに彼の心を締めつけた。
「自分を責めるな、ルーク。
あの時は、ああするしか答えが無かった。そうだろう?
300年、封印するしか無かった剣なのだ。だから私は受け入れた。
お前に罪は無い。誰も……悪くないのだ」
「アデル、アデル、消えないでくれ、お願いだ。
お前がいないとどうすればいいのかわからなくなってしまう。
お前がいたから私は悪霊に囲まれても平静でいられるんだ」
ルークが許しを請うように、願うように震える手を差し伸べる。
アデルがゆっくり振り返り、いつもの明るい顔で笑った。
「はは、何、子供のようなことを言ってるんだ?ルーク。
お前は魔導師の長だろう?大丈夫だ、お前にはお前の巫子が、仲間がいるじゃないか。
あとは……あとは…………、任せたぞ、ルーク」
「アデル!!」
ルークが駆け寄ると、アデルの身体がフッと消えた。
バンとドアが開き、オパールが一瞬で姿を消す。
ルークが愕然と顔を上げ、窓に走って髪を一本抜くとフッと息を吹きかけ外へ飛ばす。
髪は、鳥になってアデルを探し始めた。
「なんてことだ、なんて……なんて……なんて……、なんて事をしてしまったんだ、私は。
彼はこの城を守る守護霊獣なのに。
取り返しが付かない……まさか、ああ、まさか、こんな事になるなんて」
焦る気持ちで部屋を出ようとして、すくむ足を止める。
ガタガタと震える手を握りしめ、顔を上げた。
「しっかり、しっかりしろ!ルーク!!
マリナ様、マリナ様!どうか、どうか、彼をお救いください。
この未熟な、愚かなミスリル風情を、どうか、どうか、お許しください」
急がねば、のんびり出来ない、急がねば!!
彼は震える身体でロウソクに向かい、手を合わせて目を閉じ、ニードを呼び寄せた。
そこにいるのが当たり前だった。
死ぬはずの無い存在だった。
それが消えると言う事実が、耐えられない。




