417、アデルの歌
アデルがオパールを連れ、声変わり前の少年の声で楽しげに歌いながら、王族の棟を出て、庭を突っ切り魔導師の塔がある西の館に歩き出す。
空には青空が広がり、ポカポカとして気持ちのいい日だ。
やたら見かける幽鬼のような兵を気にしなければ。
「美しき、山を越えて、鳥の声聞き、歩け、歩け、
ほらご覧、楽しき旅の終わりには、大地の神の神殿が、
お日様に照らされ、迎えてくれる
山に向かって声を上げよう、ホールリ、ホールリ、
そこは願いの叶う所、大地の神に、お願いしましょう 」
心ここにあらずの兵達が、アデルの歌にじっと見ている。
ニッコリ笑って返しながら、足下に咲く白い小さな花を一輪取ると、指でくるくる回した。
「麗しき、良きお声で」
オパールが、アデルだけに見せる笑顔で微笑みかける。
「歌はいいね、良い人間の文化だ。
ヴァシュラム様が、お願いを聞いてくれるかは別だけどね」
クスクス笑って、彼に花を差し出す。
オパールがうやうやしく受け取り、大切に懐の紙の間に挟んで戻した。
「キリル殿とマリクは神殿に帰して良かったのでございますか?」
「いいよ。僕は王の守りに集中したいからね、ここにいては悪霊の餌食になる。
2人とも魅入られたら厄介だ。命は大切にしないと、ね?」
「は、仰せの通りでございます」
西の館に入り、廊下を突き当たりまで進むと、オパールが仮作りの魔導師の塔のドアを叩く。
すると、1人の無表情の少年がドアを開けお辞儀した。
「やあ!お邪魔するよ」
アデルはズイズイと中に入り、また階段を上り始める。
出迎えた少年が追いつくと、低い抑揚の無い声で問うた。
「こちらには何のご用でございましょうか?」
「やあ、使い魔君、ご機嫌いかが?君の主ルークに会いに来たよ」
「主は留守です。主は留守です」
「はいはい、わかってるよ、ご苦労様」
「主は留守……」
しつこい少年に、オパールが襟首を掴んで引き寄せ顔をのぞき込む。
視線を合わせると、カッと目を見開いた。
「主は……どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい」
オパールが手を離すと、トントンと階段を降りて頭を下げる。
アデルがくすりと笑ってニードの部屋の前で足を止めた。
「忙しそうだな、良い事だ」
もう一階上に上がる。
ルークの部屋の前に来ると、バタンと勝手にドアが開いた。
「これは巫子殿、何かご用か?」
ルークがひどく不機嫌な様子でにらみ付ける。
アデルはヒョイと肩を上げ、部屋に入った。
オパールの後ろで、バタンと乱暴にドアが閉まる。
「そう怒るな、長殿。
汝の出来の悪い使い魔をからかっただけよ」
「使いに力をまわす余裕がないのですよ。なにか?」
硬い言葉に、ルークは疲れが見える。
無理もない、悪霊の存在が露見してから、ろくに魔導師の塔のエリアから出られないでいるのだ。
「余裕がないな、魔導師の長ともあろう者が。
山に向かって声を上げよう、ホールリ、ホールリ、
そこは願いの叶う所、大地の神に、お願いしましょう〜
歌でも歌って気分を和らげたまえよ」
突然のアデルの歌に、ルークが苦笑して肩をストンと落とす。
この巫子の姿の地龍には、何度会っても敵わないなとフフッと笑った。
「こんな狭い部屋に閉じこもるしかない状況では、仕方ないとは思うのですがね。
事が済んだら地の神殿にお願いにでも参じますよ」
「ハハッ!ヴァシュラム様がルークのお願いなんか聞くものか!」
「確かに、そうだろうな。長なんかになった時から神には見放されてる」
2人でクスクス笑い合って、ルークが本や紙の束を片づける。
テーブルの上にはロウソク1本刺さった燭台と乱雑に置かれた本にノート代わりの紙が散乱している。
床には本があふれているいつもの部屋は、相変わらず寝る所だけを確保して窮屈そうだ。
アデルはオパールの引いた椅子に座ると、腕を組んで座れと向かいの椅子を指さした。
「さて、真面目な話しをしよう。僕が来たのは王子のことだ。
誰からか、何かの接触は来たか?」
ルークが椅子に座りながら、傍らの杖を取る。
「いや、王子の部屋は見えないし、監視を頼んでいたネコもいなくなって様子がわからない。どうなっている?」
「王子はほぼ死んでいる、と言った方が正解かな?
最近は宰相の身体を使っているようだ、王子の側近が愛人になってる」
ふうん……と、驚きもせずに顔を上げる。
「それは、こちらでも把握している。
ほぼ死んで……と言うことは、奴はあの身体を使えないという事か?」
「そうなのだろうな、最近王子の姿を見ないからと王妃たちも心配していたが、王妃の側近がかんばしくないと報告に来た。
まあ、死んでるとは言いがたいが、生きてるとも言いがたい状況のようだ。
昨夜夕食後に声をかけてきた側近が物言いたげにしていたが、宰相に一喝されて引っ込んだ。
私が駄目だとなると、次に相談するのはここかな?と思ってね。
彼は貴族だが、貴族としての知り合いは少なそうだ。
頼る者は皆無だろう」
「なるほど、だが、こちらへの接触はない。
ニードも同様だ。あれは今、結界のことで忙しい。
しかし、あの側近の……侯爵の息子は一体何者だ?見たところ、今だあれだけ懇意にされながら魂が汚されていない。
紐付けとは違う、表面的な………そうだな、契約を取り交わした同胞……かな?下僕とも違う印象だ」
「わかっているならいいさ、では、取り決め通りに事を進めろ。良いな」
「言われなくともやっている。邪魔をするな。
王子の身体はどうする?」
アデルがピョンと立ち上がり、ドアへ向かう。
「どうすることも出来ない。魂を失った人間は、そこで生気を失う。
今はすでに、王子の身体と魂の縁がすでに見えない。
王妃と王にはお覚悟召されよと言っている。
あとは火の巫子殿にお任せしよう。
王子という、大きなコマが使えないのは、現状では良いことだ。
あの悪霊、かなり弱ってきている。
このまま火の巫子の手を煩わせず済めば、これ以上は無い状況だろう。
事は進んでいる、あとは決行を待つのみだ」
アデルがドアに向かうと、オパールがドアのノブに手をかける。
「 は…… 」
その時、アデルの身体がびくりと飛び上がり、ピンと引きつった。
「どうした?」
ルークが怪訝な顔でアデルに問いかける。
アデルが、無言でその場をよろめき、とっさにオパールが手を貸す。
ルークは彼らしくもないその様子に、嫌な予感が走った。
アデルは少年の姿ですが、見た目通りの年ではありません。
本体は城下にあるランドレールの封印を監視する為に、災厄の時代からずっといた地龍です。
実は、とんでもなくお爺さんです。




