表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

413/581

412、僕は代用品でしかない

確かに宰相の視線は、ラティを見ている。

寒々しいほどのその笑いに、ラティの毛がザワザワとざわめき、身体中の針が服を突き抜ける。


「殺してやる、殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺して……」


“ 我らの力は、ここぞという時の物 ”


目を大きく見開き、思わず、一歩引いた。

ミザリーの言葉がフッと頭に浮かび、しゃがみ込むとうめき声を上げて頭を押さえる。

あの部屋に飛び込んで、それでどうすると言うんだ。

それはきっと、ルクレシアは望まない。

彼は覚悟してあそこにいる。


「ううううう……ラティは、なにをしているんだ。何を。

こんな所で見ていることしか出来ない。

どうすればいいのかわからない。

僕は、僕は、あまりに子供だ。

くそう、くそう、くそう、くそう、くそう!!」


握る拳に、涙が落ちる。

どうすることも出来ない悔しさだけが、彼を満たしていた。



屋根に突っ伏すラティの姿に、宰相の身体のランドレールが、クククと笑う。

ルクレシアが怪訝な顔で顔を背けた。


「なに?何を笑っている」


「お前の守は可愛らしいな」


思わぬ言葉に、ルクレシアが宰相をにらみ付ける。


「あれに手を出したら許さない」


「はっ!許さないだと?お前に何が出来る。男に尻を突き出すだけのお前に。クククク、とんだ笑いぐさだ」


ゲラゲラと、下品に声を上げて笑い、彼を侮辱する。

彼は慣れてしまった侮辱にも、意地だけはあった。


「笑えばいいさ、僕の価値は僕が決める。お前には何も決定権は無い」


フンと宰相が吐き捨て、裸にしたルクレシアの身体をベッドに突き飛ばす。

細い足首を握り、グイッと左右に広げた。


「お前に何の価値があるというのだ。何もしない、何も出来ない。こうして股を開くだけだ」


乱暴な宰相の身体のランドレールに、顔を手で覆いたい気持ちを唇をかみ必死で押さえる。

様子がおかしくなって、日を追って乱暴になるばかりだ。

逃げ出したくなる。本当に。


「お前に何がわかる。

お前なんかに股を開く恐怖がわかるか?

他に誰がお前の相手をすると言うんだ。僕は道具じゃない!さわるな!部屋に戻る!!」


ルクレシアが声を荒げる。

ランドレールが、ヒッと小さく悲鳴を上げて足から手を離した。

震える手で、彼の足を撫でながらベッドに上がり、泣きそうな顔でルクレシアの頬をそっと撫でた。


「怒ったのか?許してくれ、許してくれルクレシア。私が悪かった。

お前を侮辱する気は無かった。ああ、お願いだ、許しておくれ」


「許さない、許すものか」


「すまない、すまない、私を許してくれ。リリサレーン、愛しているんだ。

ルクレシア、愛してる。私のリリサレーン」


狂おしい表情で、キスを額に、両頬に、そして唇に落として来る。

ルクレシアは覚めた目で彼を見て、そして目を閉じた。


いつだって……、いつだって、僕は僕じゃない。

彼が愛しているのはリリサレーンという妹だ。

僕は代用品でしかない。それでも……   

可哀想な悪霊、お前には(なぐさ)めが必要なんだ。




ラティがひとしきり泣いて、泣いて、歯を食いしばって身を起こす。


艶めかしいルクレシアが、白い蛇のようにあの男に巻き付いて見える。

美しいあの方は、命がけであの男を押さえているのだと、あの女のミスリルは言った。

そんなの、思ったこともなかった。

自分は子供だ。心が子供なんだ。


苦しそうにのたうつ白い蛇を見ながら、ポロポロとラティの目から涙が流れる。

ルクレシア、僕なんかを拾わなければ良かったのに。

何度そう思っただろう。



“ 助け手を探せ ”



そんなもの、この僕が見つけられるわけが無い。

ミスリルの気配さえつかむことが出来ないこの僕に。


「ああ……ルクレシア、僕はあなたが好きだ。

大切なあなたが……こんな……こんなこと……見てられないんだ」


ただ見ているしか無いラティが立ち上がり、クルリときびすを返して屋根を走り、そして飛び降りるとまたルクレシアの部屋に窓から飛び込んだ。


彼が脱いだ服を抱きしめ、柔らかな花の様な香りに幾度も彼の微笑む顔を思い返し、うめいて涙を流す。

涙が止まらず嗚咽を漏らすと床に伏せた。


「ルクレシア……僕は、どうすればいいんだろう」


うっ、うっ、ううううう、うっ、うっ


泣きながら床に転がっていると、泣き疲れていつのまにかウトウトしてくる。



『  おいで  』



ハッと、飛び起きて部屋を見回す。

はっきり聞こえた声。


『  お…ぃ……で  』


目を閉じ、耳を澄ませると小さく消えそうな声が聞こえてくる。

ラティは獣の耳をピンと立て、どの方向かくるくる回して探る。

そっとドアから部屋を出ると、衛兵と目があった。


この人間じゃ無い……


近くの部屋のドアの前に、小さな小さな光の点が浮遊している。

それが、スッとドアの中に消えた。

導かれるように、その王子の部屋と並びを同じくする角部屋へ向かう。

なぜか、衛兵は自分を無視していた。

取っ手を持ち、カチャリと引いてみる。

それは難なく開き、ここへ来て初めて見る少年2人がそこにはいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ