41、匂い探索
庭園のベンチに、フェリアがアイを抱いてレスラカーンと並んで座った。
小さな石のテーブルに、ライアがお茶を運ばせる。
人間達の騒ぎをよそに花の香りの満ちた庭園にはさわやかな風が吹き、まるで別の世界にいるような、のんびりした時間を送る3人がそこにいた。
「すると、ザレルに呼ばれてきて、そのまま家に帰れないのかい?」
「そうじゃ、魔導師でお兄ちゃまでリリスのリーリがどこかに行っちゃって、お父ちゃまもお母ちゃまもお忙しくて家に帰って来ぬ。
使用人は家におるのに、お父ちゃまはわしだけ家にいるのはダメって。ケチじゃ。」
レスラがプッと吹き出して笑った。
ケチという言葉の裏には、確かにこの子なら家を抜け出してリリスを追うに違いない。
ザレルの判断は正解だろう。
「私も同じだよ。屋敷には使用人が沢山いるのに、父上は目の届く所に置いておかないと心配らしい。」
「ホントか?!同じじゃ、同じイソウロウじゃ!」
「これ、宰相殿のご子息に失礼であろう。」
ジロリとにらむライアに、レスラが手を振る。
「よい、フェリアとはよい友人になれそうだ。
ザレル殿は楽しい娘を持って幸せなことよ。」
レスラの言葉に、フェリアが急にシュンとする。
ぶら下げた足を、ブラブラさせてうつむいた。
「お父ちゃまは本当に、わしがいて幸せなのじゃろうか?
お父ちゃまはわしが半分精霊だから、半分しか幸せじゃないのでは無かろうか?
お父ちゃまはリーリを大事にする。でも、わしのことは怒ってばかりじゃ。きっときらいなのじゃ。」
急にしぼんだ少女の声に、レスラが微笑んでそっと手を伸ばす。
フェリアはその手を取り、頬に当てた。
「あったかいのう。リーリよりスベスベのきれいな大きな手じゃ。」
「私は、目は見えぬが耳は良い。
ザレルがフェリアを呼ぶ声は、私の父と同じだと思うよ。
大切だからこそ、心配して怒るのだ。
心配せずともよい。」
暖かい言葉が、さびしい心を優しく照らす。
フェリアはパッと顔を輝かせ、レスラにギュッと抱きついた。
「あっ!こ、こ、この……!」
顔を真っ赤にしてグーを震わせるライアをよそに、レスラが優しく彼女の頭を撫でる。
「私は無力だが、フェリアの力に少しでもなれるかもしれぬ。
何か心配なことがあれば話してくれぬか?」
力に……なってくれるのか?
リーリではない人間が、このわしの、力に。
話してみようか
でも、信じてくれるかな?
レスラカーンの閉じられた目が、ゆっくりと開いた。
それはとても澄んだ水の色で、その優しいブルーグレーが見えないとは信じられない。
どこを見ているのかはっきりしない視線は、しかし確かにフェリアを見守っていた。
「わしは……わしは母が精霊じゃ。」
「ああ、そうらしいね。」
「じゃから、何となくわかるのじゃ。」
「なにを?」
「さっき、城の中で人間が1人死んでしまったのじゃ。
大騒ぎであった、恐ろしい事じゃ。
だが、それが、わしには城の中にいる者の仕業だとわかったのじゃ。」
まさか……!
ライアが、緊張してレスラの肩に触れた。
「レスラカーン様、これ以上はお聞きにならない方が。」
危ないことだと、ライアが直感する。
レスラはしかし、ライアを手で遮りフェリアを向いた。
「どうして?それはどうしてだい?理由は?根拠は?」
「匂いじゃ、それぞれの精霊には精霊にわかる匂いがする。
リーリやお母ちゃまの回りはいつも優しい風の匂いがしておった。
だが、それとは違う、何かこう・・・言いようのない匂いがしたのじゃ。
風でも水でも地面でもない、かいだことのない匂いじゃった。
だがそれは、城内でもかすかに覚えのある匂いじゃ、だから城内に犯人がいる。
魔導師は精霊を使って、それの力をもっともっと大きくして魔導を使うが、精霊は魔導に導かれて力を増幅すると、匂いが強くなる。
でも、なぜかその匂いの精霊を見たことが無い。地でも水でもない。でも、術者は匂いがするはずじゃ。
遠くから術を使っても、きっと術者はあの匂いをさせているに違いない。
わしが犯人を捕まえて、お父ちゃまにほめられるのじゃ。」
「なるほど……君は精霊だから、それがわかるんだね。」
コックリうなずき、フェリアが手をグーにして振り上げた。
「わしも、お父ちゃまやお母ちゃまのためになることを、犯人捕まえて見せてやるのじゃ。
リーリも喜ぶに違いない。
みんなニコニコでお家に帰れる!」
鼻息あらい彼女に、レスラがふと考える。
「フェリア」
ギュッと力をこめて彼女の手を握った。
「なんじゃ?手が痛いのじゃ。」
「フェリア、お前は半分精霊と言ったな。
精霊は、精霊だけでは何の力もないと聞いたことがある。お前は自分の身を守れるか?」
「え?……うーむ、わしはリーリの力を増幅できた。きっと他のことも……うーむ……」
「ここに術者、リリスはいないのであろう?
フェリアよ、それは危険すぎる。」
「でも・・・、わしは捕まえるのじゃ」
「私は先日、恐らくその魔導師らしい者に狙われた。
隙があるとすかさず狙ってくる、それを考えると、どこにいても見られていると考えた方がよい。
フェリアよ、当てもなく探してはならぬ。
それはきっと隙を作ってしまうであろう。
私に良い考えがある。時間はかかるが、一つずつ可能性を消して行くのだ。
急いては敵にもおまえの存在を知られてしまう。ゆっくり、ゆっくりだよ。」
フェリアの小さな耳に、レスラが小さくささやく。
パッと明るい顔で、彼女が顔を上げた。
「おお!それはよい!それなら下々の者は、完全制覇じゃ!」
「私が話をつけてあげるから、お前は必ず1人で行動してはならぬ。わかったね。」
「うん!わかったのじゃ。お約束の指切りじゃ。」
アイが見る前で、フェリアがレスラと小指を絡める。
「にゃあん」
アイが一声鳴いて、レスラも嬉しそうに微笑み大きくうなずいた。