407、ゼブリスのことづて
マリナが、ゼブリスに語りかけた。
「あれは、すべて魔物が引き起こした物。
王子は身体を乗っ取られ、奪われてしまった。
お前を殺したと思い込んでいるあれは、悲しみと後悔で生きることを放棄しかけている。
それでは困るのだ。
悪霊から王子の身体を取り返さねばならない。
王子が自分の身体を取り返したいという、強い意志が必要なのだ 』
ゼブリスの心が、スッと収まり息を細く長く吐いて行く。
マリナが手を引くと、息を整え、目を閉じ。
心を整理して、途切れ途切れに言葉を綴った。
「王子に、お、伝え、くだ、さい。
どうか、ご立派な、お、姿を、いち、国民、として、
期待、して、おります、と。
はあ、はあ、はあ、
も、もう、おそばに、お仕え、する、事は、ありませ、んが、ゼブラは、遠く、の、地から、見ております、と」
息を切らせながら、そう心からの言葉をささやいた。
『 承知した。今の言葉、確かに受け取った。
汝の道行きに火のご加護のあらんことを
ここに火の祝福を与えよう、少しはラクになるであろう 』
マリナが眼前で手を合わせ、そして、手を叩いた。
パーーンッ!
霊体で叩いたと思えないほど、その音は部屋に響き渡り、うろのある木が大きくざわめく。
暗く沈んだ部屋に、一瞬閃光が走った。
『 火よ、薄闇をまといしこの空間を打破すべく良き明かりを灯せ。
その尊き慈悲をもって、この傷つきし者の癒やしの光となりて、迷う者たちの灯火となりたまえ。
我が主フレアゴートよ、その大いなる慈悲を持ってこの者に祝福を 』
もう一度パンッと手を叩き、スッと息を吸うと、ふうっと彼の身体に息を吐きかけた。
キラキラと温かな光がゼブリスの身体を包み、彼の乱れた息が次第に治まって行く。
そして、驚いたようにマリナを見て、ニッコリ微笑みうなずいた。
何だか部屋が明るくなったように感じる。
底冷えのする部屋に、お日様の一条の光が入ったような、そんな気がした。
「あ、りがとうございます、身体がポカポカと、久しく感じなかった、暖かさに包まれ……
ああ、なんだろう、本当に、息も少しラクになりました」
『 そうか、霊体ではこのくらいしか出来ぬが、それは良かった 』
後ろからミリテアが祈るように訪ねる。
「ケガが、なかなか治らないのです。
お力をお借りすることは出来ましょうか?」
『 そうだな。少し診てやろう 』
マリナは、かけてある布の上からゼブリスの身体の表面を手で撫でて行く。
『 ふむ、お前が以前受けた呪いは、主様によってきれいに消されている。
傷が治らぬのはそのせいではない。
お前は木の上に落ちたようだが、あの高さだ。
助かったのは、主様の……火の精霊王の気配を感じて、精霊たちが手を貸したのだろう。
主様から清めを頂いて日が浅く、気配が残っていたのだろうな、運が良かった。
なるほど、身体中何カ所も深いケガを負っているのが、グズグズと治らぬか。
なにより、精霊によって固定されているが、左腕の1カ所を骨折して、左足に2カ所ヒビが入っている。
これは、ここではダメだ。ここでは治らぬ。
………顔は、ふむ、
片眼を覆っているのは何かで切り裂いたようだが、目玉に傷は無いようだ。
傷が治れば見えるようになるだろう 』
「本当ですか?良かった、目が開かないので、見えなくなるのではと不安でした」
『 うむ、だが、この日の届かないここでは、ケガは治らぬ。
特にこの、骨のケガは日の力が無くては。
このままここにいては、どんどん体力は落ちて、やがて死ぬであろう。
地の神殿へ行け。
あそこならお前達を保護して、ケガも治してくれよう。
地の神殿は国内ではもっとも長けた魔導医を育て、勉学にも熱心だ。
移動は精霊たちに頼むのだ。
地の精霊たちならば、1日もかからず苦痛無く神殿へと連れて行ってくれるだろう 』
「でも、もう私たちに対価が無いのです。
私が身につけていた品物は、すべてここの精霊たちに渡してしまいました」
『 精霊は愛情を好み、光り物を好む。お前達の愛を誓ったその指輪、それで十分だ 』
「これは…………」
『 物では無いだろう?お前達の心に誓った物は。
その指輪はきっかけに過ぎぬ。
いつかまた、共に指輪を得る為に。それを目標とするがいい。
私は霊体なのでな、お前達に援助出来る物を何も持っていないのだ 』
「そのような、もったいのうございます」
『 私の元に地の巫子が来ている。
伝書を飛ばすよう頼んでやろう。安心して行くがいい。
身体が治れば、たとえ不自由が残っても先が見えてくる。
そうだな、ゼブリスは学がある。
身体を治した時、火の神殿があったなら、訪ねて来るがいい。
きっと字の書ける者が必要になる 』
「有り難き幸せにございます」
ミリテアが片足を引き、美しくお辞儀する。
2人が、目を合わせてやっと微笑んだ。
不安な気持ちが心を暗くする。
マリナの言葉で、やっと光明が差した気がした。
『 さて、風の丘に戻るか。キアナルーサには手のかかる事よ 』
苦笑して、2人に別れを告げると、うろの家を出た。
家の前には小さな山長が、枯れ木のような人型で草の髪を生やし、手から杖状の長い枝を生やして突いてくるとお辞儀する。
『 名も無き精霊よ、人の子を保護してくれたことに礼を言う 』
「勿体なきお言葉」
『 で、何を交換条件で得たのだ? 』
マリナが、ニイッと笑う。
精霊が、やれやれと笑い返した。
「ホ、ホ、ホ、持てば神木、使えば天樹と申しまして」
『 神霊石か、随分強欲なものよ。釣りがくるぞ 』
「滅相もない、契約者には使いを出しました。
こちらで地の神殿には丁重にお送り致しましょう」
『 頼むぞ、私は見ているからな。
その言葉破った時は、お前を焼き払ってやろう 』
「おお、恐ろしや。わしが天樹になるのも近いというもの」
わざとらしくブルブル震えてみせる。
マリナがくすりと笑って、宙に浮いた。
『 ふふふ、汝の道行きに日の祝福を。
良き天の明かりが汝の下には差すであろう 』
「有り難き幸せ」
マリナは山長をいちべつすると、精霊域を飛び出して丘の方向へと飛んで消えていった。




