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406、お前はあの王子を許せるか?

ミリテアが時々振り返って頭を下げる。

うろの中は暗いが思った以上に広く、所々に木漏れ日のように、小さな穴の明かり取りからスッと一筋の明かりが廊下を照らす。


途中うろの中にかかる、精霊の織った布をくぐった瞬間、更に弱い結界の違和感を感じた。

彼女が出入り自由なのは、この世界の物だけを身につけて溶け込んでいるからだろう。

うろの外には小さな石積みのコンロがあって、料理をしたあとが残っている。

彼等はそうして、二重結界の中で暮らしていた。


コトン、コトン、コトン、

木を削って作ったような家の中、彼女は木靴で音を上げて先を行く。


『 あの高さから落ちて、息があるだけ運が良い。

だが、動けぬのは辛かろう 』


「ええ……こちらの精霊の長には随分お世話になったのですけれど、完治には遠く……

でも、私は……、今のひとときが幸せなのですわ」


振り返って、穏やかに笑う。


『 そうか、お前はすべてのしがらみを捨ててここへ逃れたのだな。

しかし、ここは長く人間のいる所では無いぞ 』


「承知しております。

でも、恐らく今は、レナパルド家が刺客を送って私たちを探しているのですわ。

私は、貴族院の長の後継ぎと結婚の約束をしておりましたから……

結婚も近くなって、耐えられなくなって逃げてしまいました。


私が本来約束した相手はゼブリスです、それを勝手に変えたのは相手方。

私は、家の為に一度はあきらめましたけれど、私の人生は私の物。

それは、とても大切な物で、誰かの為に犠牲にする物では無いのですわ」


とても落ち着いて、心から愛する者だけを見て逃げてきた。

それが何もかもを失うこととなっても。


『 お前は潔いな。だが、その潔さが命を危うくする 』


「承知しております。彼が動けるようになったら、知り合いの伝手を頼りに隣国へ逃れようと思ったのですけど……

こちらです」


ミリテアが入り口に下がった布を横に開く。

奥には木をくりぬいた寝台があり、暗い中で1人の青年が横になって、身体には精霊の織物か、毛布のようにフワフワとした薄い布がかけてある。


「ミリ、テア?」


かすれるような、小さな声が聞こえた。


「ゼブリス、火の巫子様がおいでになったのよ。

あなたにお話がお聞きになりたいのですって」


「火の、巫子?」


片眼を布で覆った青年がこちらを向いた。

そして、そのあまりのまぶしさに顔を覆う。


「な、なんだ?!この光は!まぶしい、明かりを消してくれるかい?」


「明かりでは無いわ、巫子様のお力のせいなのよ」


ふむと、マリナが力を押さえて彼の傍らでのぞき込む。


『 お前は我が主の恩恵を受けたことがあるな? 』


「だ、誰?誰だい?この輝くお人は?」


「火の巫子様よ。あなたは見えるのね」


「火の、巫子……それは、リリ、ス、殿、では、無かっ…た、かな?」


呆然と、記憶を探って青年がつぶやく。

マリナが彼の額に手を置き、彼の記憶を探った。


『 火の巫子には青と赤、2人いるのだ。

私は青の巫子マリナ・ルー、リリは赤の巫子、私達は2人で1つなのだ。

……ふむ、なるほど、奴は封じていた剣を取りに行ったか。

王子の身体を狙ったのは、偶然か、それとも必然か。

双子と知って、共に腹で育った巫子の気配の残る血を狙ったか。

すでに封印も風化していたな 』


マリナの独り言に、青年ゼブリスルーンレイアが恐れて目を閉じる。


「どう…か、お許、しを……」


『 もう少し我慢せよ。

お前はひどく気が弱っている。喋る負担より、記憶を見たが早い』


「王…子を、惑わ、せた、のは、私、の、至ら、なさ。

あの、方に、落ち、度は、何も…………」


じっと、マリナは無言で彼の記憶を探る。

話したことで、王子との行動が鮮明に浮き出てくる。


リリスが本当の世継ぎではと噂が立ったことで、自分も王子も共に不安になったこと。


王子が自信を無くした不安感から、青いトカゲと血の契約を交わし、血を使った小さな魔力を得たこと。


苛立つほどに気弱だった王子が、ある時期から急に部屋の古い鏡と話し始めたこと。

それから人が変わったように、時折激しく乱暴になり始めたこと。



そして、フレアゴートに魔力を奪われ……

あの、ほこらを暴こうとする王子を止めようとして城壁から落とされたこと。


意識が戻った時は、ここにいたこと。

マリナが小さくうなずき、身を起こす。

そしてゼブリスに問いかけた。


『 ゼブリスよ、心で返答せよ。

お前はあの王子を許せるか? 』


青年が、マリナの手の下で身じろぎした。

動くことも出来ず、ろくに話す力も残っていないその身体で。

その原因を作ったのは、キアナルーサなのだ。


許せない、許したい、

許せない、憎まずにいられようか、

許します、許したい、ゆるせない、

何度思い出しても……辛い、苦しい、許したい、

悲しい、痛い、痛い、辛い、許したい、


許したい感情と、許せない感情がせめぎ合っている。

それが渦巻き、声も出せずハアハアと息が切れる。

マリナは小さくため息を付くと、ここへ来た理由を告げた。


『 何故私がここに来たかを教えよう。

王子は……キアナルーサは、すでに心と身体が分離して離れ、我が元に逃げてきた。

あれは、自分の身体を失いそうなのだ 』


ゼブリスが、驚いて大きく目を見開いた。

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