405、山長(やまおさ)が預かる恋人達
『 もう一度言ってやろう。お前が隠している人間を出せ 』
マリナが厳しく言い放つ。
思わず精霊はひるんで下がった。
『 出せとは、はて?精霊の地で、人間とは? 』
『 人だ、それ以上でもそれ以下でも無い 』
精霊が、小さく震える。
相手が悪い。
しらを通すのは、命をかける事になる。
『 お前達が人を隠すのは、気に入ったか、何らかの取引かの2つだ。
前なれば、命をかける。
だが、後ろなれば取引次第であろう。
さすがの私もお前達の取引は知らぬ 』
小さな精霊が、プルプル震える。
迷っているのだろう。
それだけ、取引が重い証拠だ。
ゼブリスを大切に思う誰かが、取引を持ちかけたのだ。
ならば、取引の対価は相当な物と推測出来る。
山長であれば、霊気は大きく匿うには適した場所だ。
これだけ長生きした精霊ならば、霊気は清浄で神気を上げている。
約定を破れば自己崩壊を起こすかもしれない。
よほどのものを持ってこないと、人間がらみの取引を受けることなどしないだろう。
恐らくミスリルか魔導師か。考えたな。
精霊の光が点滅し始めた。
今にも消え入りそうにショックを受けている。
マリナがふうっと息を吹きかけると、正気を取り戻したようにポッと輝きを増した。
『 わかった、そう恐れるな、ご老体をいじめる趣味は無い。
我は青の巫子、マリナ・ルー、お前の預かる者に会いに来ただけだ。
話を聞き、困ることあれば慈悲を与えよう 』
『 危害を、お与えになること無ければ…… 』
『 ククッ、お前の結界内で我が危害など与えよう物なら、お前もろとも消し飛ぶだろう。
そのような事など、するはずも無い。そうだな、我が名にかけて……
高貴なる御方にお誓いする 』
『 承知、致しました 』
ゆるゆると、精霊の光が降りて行く。
マリナはそれを追って森の中に降りていった。
精霊域に入ると、突然入ってきた大きな光に、驚いて精霊たちが悲鳴を上げて逃げ出す。
森の精霊域は同じ森の中だ。
人間には見えない空間になっているが、時に迷い込んだ人間はこの精霊域に入った記憶が長によって消される為に、しばらくもうろうとして普通の生活にも支障が出る。
『 アレハナニ? 』『 ナニ? 』『 ナニ? 』『 ナニ? 』
見た事も無い火の巫子に、精霊たちがざわついている。
マリナは構わず長の光を追って、大きな木のうろの家に案内された。
騒ぎを聞いて、質素なドレスを着た人間の女性が出てくる。
普通の人間だからなのか、マリナが見えないようでキョロキョロ見回している。
近くの集まって噂している精霊に、ヒソヒソと「なあに?」と聞いていた。
『 長よ、あれは誰だ? 』
『 人をつがいでお預かりしております 』
『 なるほど、ゼブリスの思い人か。
あの娘からは思いやる温かな物と強固な意志を感じる 』
マリナが女性の前に立つと、彼女の顔の前でパチンと指を鳴らした。
「キャッ!あなたは誰?」
『 私は火の青の巫子、汝は何故ここにいる? 』
女性は突然現れたマリナに驚いていたが、何があるかわからない精霊域だ。
すぐに落ち着きを取り戻し、巫子と聞いて上流階級らしくドレスをつまみ片足を引いて優雅に頭を下げた。
「はじめまして、火の巫子様。
私はミリテア・オブ……いえ、ミリテアと申します。
貴族を捨てて、こちらでお世話になっております。
火の神殿は昔絶えたと伺いましたけれど、精霊界においででしたのね。
昔おじいさまから、誰にも言うてはならぬと、火の巫子様の位の高さを教えて頂きましたわ。
ここでお会い出来て光栄です。
どうぞお見知りおきくださいませ」
スッと腰を下げる。
マリナは礼を尽くす彼女の聡明さに、ニッコリ微笑んだ。
『 良きおじいさまをお持ちだ。
汝のようにこの国に深い造詣を持つ者こそ、この国の貴族に相応しかろう。
良い、気に入ったぞ、ミリテア・オブリス・オブライエン。
お主の思い人は奥にいるな、会わせてくれるか?話しをしたいのだ 』
「どうぞ。大けがを負って動けなくなっていますけど、話は出来ますわ」
ミリテアが快諾して頭を下げる。
彼女は靴さえも失ったのか、見ると粗末な木靴を履いている。
コトンコトンと足音を鳴らしながら、うろの家の中へとマリナを案内した。
マリナが誓った「高貴なる御方」とは、地の精霊王を身体に宿すことになったガラリアのことです。
マリナが長に対して強気に出たのは、引かない姿勢を見せたのです。
必ず答えを引き出すと、そう言う姿勢です。
そうで無いと精霊は気まぐれなので、うやむやに誤魔化して、あげくは消えて二度と出てきません。
焼き払われてはたまらないと、出ざるを得なかった山長はいい迷惑ですw




