404、ゼブリスを探して
マリナの霊体が大空に声を上げた。
『 セフィーリア様!青の巫子、マリナです! 』
遠くのような近くから、声がひっそりとささやく。
『 大声で叫ぶな、リリが気がつくでは無いか。
私のリリの具合はどうじゃ?苦しんではおらぬか?母様母様と呼んでおるのであろう?
可哀想に、可哀想にのう 』
フフッとマリナはいつものセフィーリアの言葉に心でため息を付く。
いい加減に子離れしたらどうですか?と、言いたいけど飲み込んだ。
精霊の王、神霊を怒らせるとあとが怖い
『この短期間で、激しくリリの身体は変化しました。
ですが、巫子でありながらあなたの存在にまだ気がついておりません。
地の巫子には口止めしておりますが、これでよろしいのでしょうか?』
セフィーリアがするすると小さくなり人の大きさになる。
マリナと向かい合い、小さくうなずいた。
『良い、私がわかるのは身体と心が整った時じゃ。
それがお前達が動く目安となろう。
リリは今、霊気が嵐のように渦巻いている。
眷属の不在が一番辛いのはリリの方じゃ。可哀想に、可哀想に。
苦しむのはお前であったら良かったのにのう 』
ううっと神様のくせに目頭を押さえてひどく悲しんでいるけど、マリナには苦笑いしか出ない。
『 じゃから、私はリリの霊気が整うまで会えぬ。
風の元で育ったあの子にとって、今、風の神気は邪魔でしか無い。
会いたいと、探してくれと言ったあの子の言葉だけで、わらわはご飯30杯はいける』
『ご飯?何です?』
『 良い、気にするでない、異界のたとえじゃ。
ぬし、ヴァシュラムの腕輪を何故イネスに渡さぬ? 』
セフィーリアは、ヴァシュラムの現し身である腕輪をイネスに渡すようにとマリナに託している。
が、何度言っても渡さない。
全然渡す気が無い。
しまった、自分で渡しに行けば良かったと後悔したけど、まあリリスのこと以外はどうでもいい。
『ああ……あれは、まあ、意地悪というか、嫌がらせです』
『 性格悪いのう。リリがまこと心配じゃ 』
『 やだなあ、リリの腕輪なら光の速さで渡しますよ? 』
『 ふんっ!お前などより、わらわの方がリリと仲良しじゃ!
わらわは子離れなどする気は無い! 』
あー、やっぱり心の中聞かれてた。
『 あー、はははは、そうですか。じゃ、僕は人捜しがあるので』
性格が悪い火の巫子は、セフィーリアに軽くお辞儀すると、山の方角へと飛んでいった。
『 やれやれ、最悪の性格じゃが、最高の巫子よ。
リリよ、丸投げして逃げても良いのだぞ?
あれはすでに神域に達しておる巫子じゃ 』
セフィーリアはため息を付くと、また大きく空いっぱいに広がり、丘の上の空へと消えた。
霊体に距離はあまり関係ない。
マリナはかなり離れた国境に近い所まで来ると、山の連なる谷間に降りて行く。
リリスのくれたゼブリスの気は、どんよりと暗く、澄んだ力強さが微塵も無かった。
王子に仕えながら、王子に寄り添うような忠義が見えず、誰も寄せ付けない火花が見える。
『 納得すること無く仕えさせられたか。
従者として良い色では無かった。
あの王子は、周囲に恵まれてはいなかったのだな 』
この辺に家は無かった気がするが、何故この森から気配を感じるのか。
巧妙に隠されている意図を感じる。
コソコソ調べるのが面倒くさい。
どうせ精霊がらみだろう。何しろ精霊だらけの山の中だ。
アトラーナも国境近くの山の中方がまだ地に力が残っていて精霊は多い。
『 ここまでアトラーナから地の力が落ちているとは、地の王の怠慢だな。
人里にはほとんど精霊の光が見えず、こんな山奥にしか精霊がおらぬ。
人間共は知らんのだろうが、風の丘は貴重な聖地なのだぞ。
あれがあるから、城下の川にも精霊が残っている。
さて………… 』
眼下をじっと見下ろし探る。
そして左手を作り出し、両手で手を合わせる。
『 面倒だな、焼き払うか。
私は役立たずの青の巫子だが、気の短さは青の巫子でも最短だぞ 』
誰かに語りかけるように話すと、両の手を開き、手の中に火の玉を生み出す。
それは暗い空で明るく輝き、見える者にはまぶしいほどだった。
『 せーーーの! 』
大きく手を上げる。
『 お待ちくだされ!! 』
突然、どこからともなく叫び声が上がる。
マリナが巫子とは思えないほど意地悪そうに、ニイッと笑った。
『 いいよ、ほんのちょっぴり待とう。ちょっぴりだ 』
『 なんとお気の短い青様じゃ、まさしく最短じゃ 』
下の一番大きな老木から、ふわり、ふわりと細い糸を引いて、小さな精霊が登ってくる。
それは形の無い、小さな灯火でしかない古い精霊だ。
恐らくこの山の精霊を束ねる山長だろう
『 これはご老人、このような上空までようこそ 』
『 今世の青様、お初にお目にかかりまする。
我は名も無き消えゆく精霊でございます。
この山深い地へ、いかなご用ですかな? 』
マリナは、だが火を収めてくれない。
まぶしさに、消し飛ばされそうになりながら恐る恐る一定の距離を置いて近づく。
『 お前が隠している人間を出せ 』
いきなり、恐ろしいほどの力を見せつけ、命令をぶつけてきた。
山長が、この数百年ぶりに顕現した小さく可愛らしい火の巫子に戦慄する。
それでも、見てわかるほどにうろたえながら、知らぬ存ぜぬを突き通した。
ゼブリスは205話頭の中に響く声で、ほこらを暴こうとするキアナルーサを止めようとして、城壁の一番高いところから落とされました。
あの時止めることが出来たら、王子は呪いの剣を手にすることもなく、悪霊はここまで彼の身体を乗っ取ることも無かったのです。




