396、青の巫子キレる
『 そうだよ、悪霊。私は戦わない巫子だ。
ほら、今でもお前が怖くて、館の奥に隠れて話しをしている。
おお、恐ろしい、この世を彷徨い、生者に仇成す悪霊よ。
私がこれほど恐れるのだ。
民にはもっと恐ろしかろう。
色と欲にまみれ、生者を食い物としか思えぬ闇の獣 』
マリナがランプの明かりの中で、ゆらゆらとゆらめきながら、弱々しく顔を両手で押さえてうつむき、嘆く。
オスローを乗っ取ったランドレールは、だがその時足下のゴウカの結界を忌々しく見ていた。
青の巫子は相手にもならぬ。
赤の巫子は出てこない。
雑魚はこの男に手出しは出来ぬ。
この結界さえ無ければ……
レスラカーンに目を移す。
ああ、やはりこの暗がりでもひときわ輝いて見える。
美しき巫子の息子。
次の身体はお前に決めている。
決めているのだ。
「レスラカーンよ! お前が私の元に来るならば、お前の父を元に戻してやろう」
ビクンとレスラの顔が上がった。
「お前の父は私の中にいるぞ、黒い泥の中で、もがき苦しみ助けを求めている。
レスラカーン! 助けてくれと! 何故この父を見捨てて、こんな所へ逃げているのかと!
何ごとも無かったように、こんな所で飯炊きに興じて笑うている。
この父のことなどすっかり忘れ果てて…… 何と嘆かわしいのかと、泥にまみれて泣き叫んでいるぞ! 」
カランと、レスラが杖を落とす。
動揺して、手が震える。父親の苦しむ声が、耳に届いた気がした。
「レスラ様! あのような戯れ言、聞いてはなりません! 」
「やめろ、やめ…… はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、」
耳をふさぎ、肩を抱くライアの胸に倒れかかる。
「来い! 来るのだ宰相の息子。王家の男子が逃げるな! 」
「逃げているのでは無い! 」
ライアが言い返すと、クククッと醜悪な顔で笑う。
ランドレールが一同を見回して目をとめ、スッとブルースを指さした。
「お前! お前だ、私の傀儡! レスラカーンを城に連れてこい! 」
声にビクンとブルースの身体が震えた。
ハッとミランが彼の腕を掴む。
「駄目です! ブルース殿! 」
だが、彼の視線は既に彼の物では無く、真っ直ぐに人を押しのけレスラカーンの方へと歩き出した。
「ブルース! ブルース! しっかりしろ! くそっ! またか?! 」
ミランとガーラントが彼の身体を押さえようとする。
だがその時、彼の腕のこよりが燃え上がった。
ブルースが震える手でその腕を握り、苦悶の表情でつぶやく。
吐きそうになって、思わず口を塞ぎ腰を折った。
「だ、誰か…… ミラン、ガーラント…… 俺を、俺を切ってくれ…… 」
「そんな事! 出来るわけ無いじゃないですか!! 」
「お待ちになって!! 」
呪いを肩代わりするこよりが燃える間に、後ろからシャラナが清水を彼にかける。
「水よ! 邪な気を断ち、魔の声を断て! メル! キル! 」
パシンと水が弾けて、彼の耳から首が水に覆われる。
「館の中へ! 中は結界が敷いてあるわ! 」
倒れかかる彼の身体をガーラントが受け止め、レナントの騎士が手を貸して館の中へと引きずり込んだ。
「レスラカーン様、大丈夫、皆さんが守ってくれます」
「ライア、ライア、私は父を助けたい…… 」
涙を流し、動揺したレスラカーンの声が震える。
「しっかりなさいませ、あのような戯言に動じてはなりません」
ライアがグッと痛いほど腕を握る。
「戦うのです! 」
その一言に、レスラカーンが目を見開いた。
唇を噛んで、袖で涙を拭き、顔を上げる。
手を伸ばし、探って前に立つグレンの腕を握り彼の前に出た。
「私の父を知らぬ者よ!
私の父は、自分を置いても私を守る人だ!
お前の戯れ言などに、私の心は動じない!
父はきっと言うだろう。私のことは良いと、お前のやり方で戦うが良いと!
私はお前と戦うと決めたのだ! 」
ランドレールがチッと舌打ちする。
やはりここでは余計な言葉が、守りが強固すぎる。
挨拶にもならぬ。
「ヒヒッ、クックック、ひっはははっ!!
これは面白いことを言う!
自分を置いてもだと? 知らぬとは滑稽なものよ。
お前の父がお前を愛でるのは懺悔の気持ちからだ!
お前の母はお前の…… 」
『 うるさい、お喋りめ。
口数の多い男にろくな奴はいない 』
ランドレールが、周囲を照らすほどの背後の青い輝きに振り向いた。
それはランプの弱々しい炎から出る明かりに映る幻影ではなく、ランプを火種に空まで燃え上がるほどの火柱。
その中にマリナの姿がかすかに見え、そして彼の方に歩き出した。
「 お前は?! 」
『 お前の言う、役立たずの青の巫子だ 』
炎の中から、突然炎を巻いた白い手が伸びると彼の胸を貫く。
痛みは無いのに、胸にめり込んだその手を見て身体中が恐怖に引きつった。
「ひいいいいぃぃぃっ!! ひいいい!! 」
掴もうとしてもその手は掴めず空を切る。
思わずランドレールがあとに下がった。
結界を出た瞬間、手に火が付き、熱さにギャア! と悲鳴を上げる。
青い火の中のマリナはもう一方の手を伸ばし、笑ってランドレールに抱きついて行った。
『 つれない奴よ、そら、私を汚してみよ 』
「ギャア!! くっくそっ!! 手を離せ! ヒイッ! 」
たまらず悲鳴を上げて地に倒れ込むと、結界から出た頭に火が付き、その火を両手で叩いて必死で消した。
「ギャアア!! ひいいい! ひいいい!! 」
『 火が恐ろしいか! リリサレーンの指輪を持つ者よ!
汝の死因を見たり、火の指輪で焼け死んだな。
ただの人には過ぎた物。リリサの骸を抱いて、お前の本体は地下牢にいる 』
「ウソだ! ウソだ! お前はうそばかりついている! 」
『 ウソとは心外だ。お前の腹の中くらい、わからぬ事などない。
そうかそうか、レスラカーンがそれほど欲しいか。
私はどうだ? ほら、存分に内から外から燃やしてやろう 』
ボンッと火が大きくなり、オスローの身体が燃え上がる。
大きく開けた口や鼻から火を噴き出し、その身体が青く激しく燃え上がり、周囲の騎士達を不安にさせるほどだった。
「ガアァァーーー!! 」
『 出て行け不埒者! ここでお前が成せる事はなにもない!
城で震えて待っていろ!! 』
マリナの一喝にオスローがガクガクとひきつけを起こす。
やがてガクリと力をなくし、白目を剥いて気を失った。
ゴウカがいち早く結界をしいたので、ランドレールは手出しが出来ない代わりに口ばかりが達者です。
マリナは黙って悪霊の出方を見ていましたが、さすがにレスラカーンの母親のことを知っているだけに腹が立ったのでしょう。
身体はオスローだけに、ちょっとやり過ぎました。




