395、弱点のさらし合い
「私はある夜、胸騒ぎを覚えて父の部屋に行くとある人物がそこにいた。
中で何があったのかは知らぬ。
だが翌日現れた父は、既にあの優しい父では無かった。
私は父と思えず相手に魔物だと言ったが、相手は否定する事無く本性を現し、私と父を侮辱した」
「それどころか、次にレスラカーン様に目をつけたのだ。
我々は部屋から出ることも禁じられ、外部とも連絡を絶たれてしまった」
「父の周囲も、守備の兵も、誰も信じることが出来ず身動きが取れなくなった所に、助け手が来たのだ。
我らを逃がすまいと襲われたが、風の娘殿が助けてくれた。
それでここに世話になっている」
レスラとライアが交互に実情を訴え、ようやく心のわだかまりを聞いて貰えたことに息を吐く。
ここでは誰も、自分たちの窮状にまだ向き合ってくれなかった。
まるで、誰もが知っているかのように。
「では、最初の質問に戻ろう。
お前達はこの村へ何をしに来たのか?
それに納得して行動しているのか?」
オスローが、周囲を見回し、誰もいないことを確認して声を潜める。
それは、父である宰相が下した命令とは思えないような言葉だった。
「そ…… それが…… 頭がボウッとしていて、何故このような命令にあのように高揚したのかわからないのです。
我らは王子と宰相殿の指示で、傭兵達が先頭に立って村人を断罪し、残った村人を我らがこの丘へ追い込み、捕らえたあなた方の前で首を落とせと。
今、落ち着いて考えると、当たり前ですがゾッとする命令です。
いつもの自分なら、恐らく命を賭しても意見したでしょう。
それが何故か…… それが、ひどく素晴らしい命令に感じたのです」
「魔物に憑かれると、自分の考えよりその命令が優先されるらしい。
その方、最近王子と何らかの接触はあったか?」
「それは…… 」
「言いにくいことなのだな。無理はしなくて…… 」
ハッとオスローの頭に王子の性的な噂が浮かぶ。
冗談じゃない。
「いいえ! 誤解されては戦士の名折れ。
実は、気味の悪いことなのですが、我ら隊長を集め、王子が血の結束と申されましてそれぞれのワインに一滴ご自分の血を。
そのような事初めて聞きましたので、王子の方針であろうと一息に飲みました」
「他に同様の話は聞いたか? 」
「あとは不埒な噂ばかりで…… そう言えば騎士の方々は、最近一部の方をのぞき登城を禁じられていると聞きました。騎士長のご指示だと…… 」
ふと、レスラカーンが何かを探すように顔を上げた。
見えない目を左右に動かし、軽くうなずく。
「血を飲んだのはそちらの…… ジィナ副隊長も同様か? 」
自分の名を覚えられていることに驚き、ジィナが顔を上げた。
「い、いいえ。私はその時、部屋に入りませんでしたので、飲んでおりません」
「わかった」
レスラカーンが立ち上がり、ライアに手を引かれテーブルを離れた。
館の中から神官が現れ、グレンがさっと彼の前に立ち、そして一体何が起こっているのかわからないジィナをホムラが椅子ごと下がらせる。
ゴウカがサッとオスローの周囲に灰を蒔き、指を鳴らし細く線のように火が付いて結界をしく。
「こ、これはいったい…… 私が何か? 」
オスローが驚き、息を呑んで立ち上がる。
「その方、あれの血を飲んでしまった。では、赤の火が表面を舐めたぐらいでは浄化が不十分なのだ」
ランプの明かりが強く立ち上がり、宙にゆらゆらとマリナ・ルーの姿が写る。
「あなたは?! うぅ…… 何だ?
うううう、気分が…… うっ、ぐうぅ! あっ! ハッ?! 何だ? 胸が、うううっ! 」
オスローが、あまりの苦しさに胸を掴む。
拍子にボタンが外れ、胸から首元まで肌が黒くなって行くのが見えた。
よろめいてテーブルに倒れかかり、手をついてうなだれる。
「オスロー! 」
様子のわからないレスラカーンが叫んだ。
「 クククク…… 」
オスローが、低い声で笑い始めた。
「 迎えに来たぞ、美しい私の息子 」
振り返り、ニイッと不気味に笑う。
その顔は、既に先ほどまで話しをした隊長では無かった。
ライアがゾッとして、レスラカーンを必死で下がらせる。
「駄目です、いけません! お下がり下さい! 」
「ライア、落ち着くんだ。落ち着いて。周りを見よ」
ハッとライアが周りを見る。
力強い騎士たちが、そして何より心強い神官が、自分たちを庇うように前に立つ。
「大丈夫よ、ほら、見えていない彼が、見えているあなたよりも良くわかっている。
ウフフ、綺麗なだけがとりえだったのに、随分しっかりしてきたじゃない? 」
「ルシリア、相変わらず男勝りな君だね。
君の前ではどの男もかすんでしまうよ」
くすりと笑う。
そして、悪霊の声の方を向いた。
「私の父を返せ。
私は、もう世間知らずの王子では無いぞ。
お前が強いのは確かに夜だろう。だが、お前の弱みも私は知っているとも」
「 ククッ、その口きけぬようにしてやろうか。
弱みなど私には…… 」
「あるとも!
お前は誰を取り込もうとも、お前自身、1人しかいない。
何人取り込もうとも、お前は1人だ。
なんと寂しき反逆者であろうか。
哀れな事よ! 」
「 黙れ!! 」
レスラカーンが声を上げた瞬間、悪霊が腰の剣を取って彼に向けて投げた。
剣はだが、ゴウカの結界を出た瞬間、燃え上がり失速して落ちる。
悪霊が、黒いオスローの顔でギリギリ歯がみする。
それは、一番言われたくない言葉だった。
眷族をどれほど増やしても、自分は1人なのだ。
そしてその眷族も、自分の思い通りに動く人形でしか無い。
『 くくっ、図星を食らって動揺するなど笑止。
何百年お前はあの狭い地下牢にいた? ランドレールよ。
お前はそれでもいまだに、ただのわがままな王子のままだ。
悪霊である、ただそれだけでしか無い。哀れな王子。
国を乱した罪はどうあがなうのだ?
仮にも生前世継ぎであったのならば、自分の始末は自分で付けよ 』
マリナがテーブルのランプの上に、明かりに照らされ幻のように浮かんでクスクス笑う。
だが悪霊は、苦虫を噛むような顔でフンと息を吐くと、いきなり笑い声に変えた。
「 キヒヒヒヒヒヒヒ!! そう言うお前達はどうだ。
赤の巫子は火の眷族がいなければ、昼しか役に立たん。
私は知っているぞ、どんなに大きな事を言おうと、赤の巫子は昼の巫子。
そして夜の巫子、青の巫子は戦わぬ巫子だと言うことを 」
神官達に、ニイッと笑ってみせる。
神官達は動揺を見せず、だが心の内で動揺していた。
日の巫子と言うことは、お日様の下でしか力が出せないという事です。
つまり、まだ眷属の解放されていない今は、夜に戦う火種がありません。
それは循環しない魔力のようで、燃料がすぐに尽きてしまいます。
つまりそれは、尽きた瞬間丸裸になります。
そして青の巫子は自分で話しています。
自分はただの聖櫃、入れ物だと。
互いの弱点をあばきあばかれ、まるで子供のケンカの様相です。




