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394、厨房の王子レスラカーン

「はあ…………」


薄暗くなってしまった空に、星が見え始める。

見えない目で空を仰ぐ姿は、まるで見えているようだ。

レスラカーンは厨房の仲間と外でテーブルを囲って食事を済ませ、息を付いた。


なんだか疲れて食堂へ行くのも面倒くさいし、外の風も気持ちいい。

今日は特に忙しかったので遅くなり、厨房仲間も食べて帰る者が多かった。


「レスラちゃん、食事、あたしらと一緒で良かったのかい?」


「巫子様達といつもは食べるのにねぇ」


夕食をここで済ませて帰る村の厨房仲間が、テーブル上を片づけて一息つくと聞いてくる。


「別にどこで食べても構わんさ、私は自由だから」


「お坊ちゃまが随分自由になっちゃって!」


大きな声で笑って、皆楽しそうにおしゃべりに興じる。

ライアが彼の前に茶を置き、並んで空を見上げた。


「忙しかったですね」


「まるで戦争だ。人に飯を出すのがこんなに大変とは知らなかった」


「まことに」


ライアがくすりと笑う。


兵達の食事が済んで、次は村の手伝いに来た人達の分と屋敷の中の分の調理が始まり、レスラとライアは下処理と洗い物に追われて息を付く間もなかった。

嵐のように忙しかった厨房も、朝の仕込みが済んでやっと終わりだ。

今日来て泊まる兵は隊長さんと副隊長さん、そのお付きくらいなので総勢5名ほどと聞いてホッとした。


100人分は、作っても作っても足りない。

スープの腹持ちがいいようにと全員でイモを剥いたが、麻袋1つあっという間に尽きてしまった。

それほど苦労したのに、食うの食わんのと騒ぎ立てられ、あの隊長には頭にきた。



「レスラちゃん、下処理上手になってきたねえ。

1つも残さず綺麗に洗うし、目が見えないなんてウソだろ?」


おかみさんたちが楽しそうに笑う。


「うむ、最近はメニューを聞いたら、やる事が先に浮かぶようになった。

ご婦人方の指導のたまものであろう。礼を言う」


「ま!お上手ねえ、いい男だよ!

じゃ、あたし達は帰るから。明日は今日取ってきた豆の筋取り朝から頼むよ」


「朝からイモと豆を商人が持ってくると思うから、受け取りも頼むよ」


「わかった、承知した。お疲れであった、よく休むと良い」


「お互い様だよ、お疲れ様!」


「また明日!レスラちゃん、いい夢を」


「いい夢を!」


村人が帰っていくのを見送って、お茶を飲む。

さすが風の丘、いい風が吹いて気持ちいい。

テーブル上のランプをライアが近くにずらす。

その内アイネコがやって来て、レスラの膝にピョンと上がった。


「おや、久しいな。リリスは相手にしてくれないのかい?」


「リリスは、にゃー……もう、駄目にゃ、アイドルになっちゃったもにょ」


「あいどる?フフッ、まあ、意味はわからんが、忙しいという事はわかるぞ」


「レスラも忙しそうじゃにゃい?そう言えばあの子は?リリスの妹」


「ああ、フェリアはしばらく精霊になって山で休むと。

私のせいで休養中に無理をさせてしまったからね。

毎日お気に入りの木に菓子を供えよというので、木イチゴのジャムを挟んだ焼き菓子を置きに行くんだ。

消えてるから食べているんじゃ無いかな?」


「ふうん、リリスのお母さんはニャにしてるのかな〜」


「さあ、あまりに人間が多くて、帰れないんじゃ無いのかね?」


「ああ、ほんとにゃー、ビックリすると思うにょ、にょにょにょにょ」


猫なのに、グニュグニャと変な声で笑う。

横から足音がして顔を上げると、ライアが名を耳に囁く。

それは村を襲いに兵を率いてきた、宰相直属の隊長オスローだった。


「殿下、お久しゅうございます」


「ここでは殿下では無い。

オスロー、久しいな。息子は元気か?」


「は……あの、このたびは……こちらにいらっしゃるとはつゆ知らず。

と言いましょうか、何故このような所にいらっしゃるのでございますか?

しかも、あのような、飯炊きなど下々のやる仕事を……

お父上に知れたら……」


「父には言うな!

良いか?私の事を父には言うな、他の者にも漏らしてはならぬ」


「な、何故で、ございますか?」


あの悪霊の手下になっているかもしれないと思うと、たとえ知り合いでも寒気がする。

レスラカーンが言うべきか迷い、アイネコのお尻をポンとたたいて膝から下ろす。

アイは軽くシッポを振って彼の足をポンとたたき、館の中へと駆けていった。


「それより、お前達はこの村へ何をしに来たのか?

それに納得して行動しているのか?」


オスローが部下と顔を合わせ、言いにくそうにうつむく。

言うべきか、言わざるべきか、こんな事を話して激怒されるのは目に見えている。

その時、先ほどの猫が戻ってきて、首にメモを挟んできた。

ライアがメモを外して読み、レスラに耳打ちする。

レスラはホッと息を吐き、そして向かいにあるはずの椅子にかけるよう手を差し出した。


「よい、確認が取れた。汝らは糸が切れているらしい。

そちらに椅子があろう、座るが良い。これで隠さず話も出来よう」


「失礼します。で、糸?とは?」


もっともな質問をしてくる。

彼等に自覚は無いのだ。


「まず、私が何故ここにいるかを話そう。

私の父は悪霊に乗っ取られ、生死不明となった。

私は父の姿の悪霊に追われてここへ逃げてきたのだ」


ポカンと、二人は口を開けて、狂ったかとでも言いたそうな顔をしているだろう。

自分だって信じられない。

でも、アレは夢では無かったのだ。

アトラーナでは、王位継承権を持つ男子は王子です。

厨房というと下働き中の下働きですから、王家の人間が入るところではないので、オスローさんビックリです。

レスラカーンは髪を切り、人に怒鳴る姿など誰も見たことが無いでしょうから、彼以外は誰も気がつかなかったと思われます。

それでも、ここは火の巫子の館。既に仮の神殿です。

バレても一番安全な場所でしょう。

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