393、なんで?あなたが、何故ここに??
自分はやり方を間違ったのかもしれない。
では、どうすればいいのだ。
地に頭を付けて、帰って欲しいと願っても帰らないだろう。
そんな事、日の神が許すわけがない、失望させてしまう。
リリスが足を止めた。
人の声が心に重く響く。
走り出したい衝動をこらえて胸のシャツをギュッと握った。
聞きがたい怨嗟の声に、村もろとも滅ぼしてやるという声に……
涙が、ポロポロ流れた。
『 泣くな、私の赤。
お前は間違ってはいない。
あれをそのまま帰すと、今度は1000の兵が来るだろう。
お前はガッカリしたのだろうが、あの兵の考えは、そのように操作された物だと私は思う。
何も考えず従順に殺す、それは魔物にとって都合のいい物だ。
だからこそ、紐付けした者を選んだのだ。
その為に、兵達を紐付けしていったのだ。
正常な判断の者に、自分の国の民を殺す事が出来ようか』
「ああ……そうかもしれません。そうであってほしいものです」
『 私の赤よ、元気を出せ。
よいか、このままではすまさぬ。魔物に一矢報いようぞ。
あれは、味方にしなければならぬ 』
「……味方に?」
『 そうだ、そしてそれをするのは村人だ。
彼らは無垢の隣人を殺しに来た罪を、知らなければならない 』
「そのような事、出来ましょうか?」
「 おーーーーい!! 」
ハッと顔を上げると、道の向こうから村人を連れてガーラント達が歩いてくる。
リリスの姿を見ると、皆が手を上げ足を速めた。
「 また!!お一人で!!我らの元を!はあはあはあ!くっそーー!! 」
走り始めたガーラントの息が続かず、叫びが途中で終わった。
ブルースとミランが笑いながら一緒に走ってくる。
それは心にひどくまぶしくて、リリスは目を見開き、そっと手を上げた。
「はあ、はあ、はあ、もう、もう、もう、お一人で、はあ、はあ、はあ、」
駆け寄ってくると、騎士達が自分を囲んで膝に手をつく。
激しく息を付き、ようやく顔を上げ、ガーラントがリリスの手を持つとパンッと両手に挟んで叩いた。
「お一人で行ってはいけませんと!あれほど言いました!」
リリスが大きく目を見開いたまま、彼らの顔を見つめる。
一人で、隠れるように涙を拭く事はないのだと、その手の痛みが温かく心に響いた。
「ごめんなさい!」
満面の笑みで、元気に声を出して涙をゴシゴシ拭く。
「全然反省してませんね〜?いや、ひどい目に遭いましたよ?
青様が剣を取った方がいいよ?って仰った意味、身をもって知りましたけど」
「まあ、それが巫子殿らしいがな!はっはっはっは!!」
「笑い事ではないぞ!」
3人が笑ったり怒ったりしていると、遅れて村人がやってくる。
「はあはあ、巫子様、この先で兵隊さんたちが倒れているから助けてこいと青様に言われて参りましたが」
「ああ、それならほら、あちらに」
スッと、道の先を指さす。
「おお?これはまた多人数だ。
一体何があったので?お仕置きもほどほどになさって下さいよ」
「みんなー、こっちだ。」
「おお、こいつは大変だ!急ごう!」
わいわいと、村人達が倒れた兵達を助けて介抱はじめる。
兵達は何故か村人の手を借りると、どんなに力を入れようと身体を起こせなかった身が、スッと起きて驚く。
彼等がここに何しに来たのかも聞かされず、村人はただ介抱せよと言われて来た。
「大丈夫ですかい?ほら、水を。村で少しお休みになって、先を行かれたらいい」
「いや、あの……」
「大丈夫、持ちつ持たれつですから、お気になさらず。さあ、手をお貸ししましょう」
兵達は脱力したように身体が重く、彼等は順番に村人の手を借り、村に入ると丘の下にも作られた宿舎に案内され、温かな食事を提供されて、最初は戸惑い、そしてむせび泣きながらそれを食べ始めた。
だが隊長の男は一人その状況に何とか抗い、怒鳴り散らしていた。
「離せ!お前たちの世話にはならん!」
「でもお一人じゃ、ままならないでしょう。ご身分がお高いのはわかりますが……」
村長がやんわり言うが、一人ピリピリと口だけは元気なので騒ぎ立てる。
周りの兵達はウンザリした様子で、にらまれると顔を背けて煮込みのスープを口に頬張って息を付く。
何故か、彼等の身体は村への敵対心が消えると次第に軽くなり、一人で動けるようになっていった。
「やれやれ、巫子様には敵わねえ」
「まったくだ、あれがかたりの偽物なんて、誰が言い始めたんだ?」
兵がぼやくと、隊長がにらみ付けた。
「貴様達!それは王家に対する反逆……!!」
「そなた!!食事の時には静かにせよ!ハッキリ言って、その方だけうるさい!!
その声、耳障りである!!食事を出されたら黙って食え!!」
「なにいっ!!え??あ?え?あなたは?!何故ここに??」
男が唖然として、木のお玉を突きつける青年を見ると、ポカンと口を開ける。
それは、頭に手ぬぐいを巻き、前掛け姿に木のお玉を持って激怒するレスラカーンだった。
横には彼の手を引き、ため息を付くライアの姿も見える。
「レスラちゃん!そっちは放っておきな!こっちこっち!」
「うむ、すぐに持ち場に戻る!ライア、手を。
その方!その声、父上直属の第3中級兵団長オスローと見受ける!
城の兵として、恥ずかしくない行いを心せよ!」
「しょ、承知致しました……さすが殿下、声だけでよく、おわかりで」
「当たり前だ!」
レスラがまた、腹立たしそうにお玉をブンと振り上げて隊長にクギを刺すと、鍋の前に戻って木の椀に次々スープを注いでゆく。
隣の婦人が、ドンとお尻で押した。
「さすがレスラちゃん、カッコいいよ!」
「えっ?!あ、うむ」
カアッとレスラが真っ赤になって、うなずく。
すっかり炊事場仕事が板に付いてきたレスラカーンで、ライアはちょっぴり心配ではあったが、働く彼はとても生き生きとして見える。
「カッコいいって、言われてしまったよ。ライア」
「ようございました」
そんな事言われたの初めてだっけと、ライアが横で椀を渡しながら、クスッと笑う。
兵達は食事を世話になり身体が動くようになると、隊長と副隊長を残して解散となり、城下の自宅へと戻っていった。
その後、彼等は風の丘に火の巫子様がいると、帰ると口々に家族近隣に話し、その話は次第に真実味を増して丘を訪ねる者を増やしていった。
なんと、送られてきた兵はレスラカーンが知っている兵でした。
それはそうです、ランドレールは王子である自分と、宰相を使って兵を動かしたんですから。
ランドレールに紐付けられて、呆けていた頭も目覚めるレスラカーンの勇姿。
働かざる者食うべからず、レスラカーンはお客さんではありません。
お玉を持って、生き生きと、ひたすらスープを注ぐのでした。




