390、魔導師と巫子の違いを身をもって知る
リリスが怒りの表情で両手を空へと大きく広げた。
あたりを閃光が照らし、光が風の館からリリスに向けて走ると、ドンッと空気を震わせ落ちてくる。
赤く燃えていたリリスの髪が白く色を変え、まぶしいほどに輝き、彼は実体でそこに現れた。
『 我が主よ! 汝が日の巫子ここにあり! 』
頭上で両手を合わせ、眼前まで下ろし、炎の息を吐く。
そして、人に聞こえぬ声で唱えた。
「 日の御方に物申す!
我が願いを聞き届けたるは、汝慈愛に満ち満ちて、御身ますます栄えあれ!
我が主、シャシュラマシュリカカシュカシャラ!
その偉大なお力を、この身に一時お貸し下さいませ! 」
許す!!
空が、ゴオンと雷のような音を立て揺れた。
空気がズシンと重くなる。
リリスが、その村周辺まで響き渡るような声で静かに告げた。
「 剣を持つ者、地に伏せよ 」
その、一言が、近隣の村までも遠くまで響き渡った。
「うわあっ!!」
「おおお!!!」
「わあああ!!」
ドサンッ!ガチャンッ!ガチャッガチャンッ!ドサドサッッ!!
ドドドドッッ!!
地響きを上げて、声を聞いた武器を持つ兵や騎士、戦士達が、そして声を聞いたすべての武器を持つ者が地面に押さえつけられた。
「なッ!なんだ?一体!!!!」
道に行列を作った兵達が一斉に伏し、馬上の兵はその重さに耐えられないミュー馬(猫のような姿の馬)が柔らかな身体を使って振り落とす。
一体何が起きたのかわからず、体格の良い傭兵達が力任せに身を起こそうとした。
「うおおおおお!!!くっくそっ!ふざけるな!この魔導師風情が!!」
「 汝は魔導師と巫子の違いもわからぬと見える。
他国の戦士殿は、はなはだ無作法な事よ。
そうであった、自己紹介がまだであったな。
その小さな瞳をギラギラと輝かせて見るがよい!
我は赤の日の巫子、リリス・ランディール!
日とは、この空に輝き、生きとし生けるものすべてを照らす、尊き日の神。
火とは、夜の灯火となり人を導き、そして生活に欠かす事の出来ぬ、尊き火の神。
わかるか不作法者!
お前がこのアトラーナの地を踏むならば、地水火風の精霊に頭を下げよ!!」
「ふざけるな!俺達は王子に雇われたただの戦士だ!
人を殺して金になるんだよっ!!」
「『 不敬なり!! 』」
二重の声の一喝が、ドスンと空気を揺らす。
「ひぃ……」
兵達から、小さく悲鳴が聞こえた。
目障りな紐に、大きくため息を打ち、火を吐く。
リリスがパンッと両手を合わせ、左手を傭兵の方へと一閃する。
ゴオッと火が手の平から噴き出し、傭兵達の身体を先頭の者までことごとく舐めた。
「ひいっ!!もう勘弁してくれぇ!!」
「すまない!わかった!」
火に包まれ、ねを上げる者がちらほらといる中で、悪霊との紐の太い男は牙を剥く。
ギリギリと歯が割れるほど噛みしめて地に腕を立てると、骨や筋肉をゴキゴキ言わせて、驚くほどの力で身を起こし、何とか身体の下に膝をいれる。
そして、自分の剣の柄に手をかけた。
「貴様など、無用な存在だ!切ってやる!」
男の背後に、黒い悪霊の姿が見える。
この万人も敵わないような戦士に、一体何人の罪無き人を襲わせようというのか。
「 汝は先ほど、この兵を切ろうとしたな? 」
「反逆者など、無用者だっ!!」
ヒュッと風を切ってリリスがその男の胸に向かって手を振り、男を仰向けに吹き飛ばした。
「ぐおおお!!くそうっ!」
「 空を見よ!!お前の目には何色に見える?
この広い空の下、生ける者の命はすべて平等である!!
人に無用な者など無い!
汝はなんの為に戦士になった!
金か?
いいや!始めは高き志が有ったはずだ!
守ってくれた者に憧れたはずだ!
何故それを忘れた?!」
「く、くっ、うるさい!守られた事など無い!」
「 いいや、守られたからこそ、お前はその五体満足な身体でここにある。
赤子で生まれ、育てられた事を思い出せ!
人は1人では育たぬ!!」
「この……戯れ言を、魔導師風情が知った風な口を利くな!」
「黙れ!!」
その戦士の横で、地に押さえつけられたままの隆々とした筋肉の男が肘を突いて半身を起こし、剣を握って渾身の力でリリスに向け投げた。
剣はリリスを貫き、柄がその胸に当たる。
いや、彼の胸を貫いたと思われた刃は砂になって砕け、カランと音を立てて柄が落ちた。
柄は金属部分がボロボロと砂に変わり、あとには木で出来た柄が転がっている。
傭兵達は、白く輝く人間に、実体を持った巫子と言う物に、彼等は初めて遭遇したのだった。
最初に見た巫子が最高位の日の巫子とは、運がいいのか運が悪いのかわからない彼等です。
まして、魔導師との違いもわからず散々侮辱したのですから、リリスはブチッと切れてしまいました。
ところで彼は、剣を持つ者と言いましたから、もちろん風の館の騎士達もひどい目に遭っています。
いやいや、巫子を怒らせると怖いのです。