385、仮の急ごしらえでも祭壇
「祭壇を作って、どうなさるので?眷族の解放もまだと存じますが」
ガーラントがリリスに訪ねると、彼の胸板をトンと拳で叩く。
「我ら巫子は、まだ正面にでるべきではないと思います。
我らの敵は魔物となっている悪霊です。
なので、配下には霊体で十分です」
「霊体では我らは護衛にも付けません」
「うふふ、護衛は無用です。
これは、巫子として、その力を見せる時です。
祭壇は、今の状況では日や火の神に繋がるかどうかわかりませんが、あると力の使い方の幅が広がるんです。
特に私が。
青は聖なる火がないと入れ物の役は果たしませんが、青は他で、すでにもの凄いので。
少しでも追いつかないといけません」
ゴトゴト、リリスの部屋からベッドが運び出され、そしてグレンとゴウカが風のように裏口から裏山に飛び出すと、しばらくしてドーンと木を切る音が響く。
一体どうやって何を作っているのか知らない。
ビリビリと振動する音に、目を見開き思わず苦笑いで冷や汗が出た。
「な、なんか、もっと簡単に、のつもりだったんですけど」
リリスの焦る顔をよそに、木が切り出されてきてトンカン部屋から音がする。
いつ飛び出したのか、大きな羽ばたく音がしたと思ったら、ホムラとエリンが見た事も無いような虹色に輝く白い布を大量に持ち込み、しばらくしてゴウカが予備の燭台とランプをありったけ物置きから持ち出して部屋に運び込み、あっという間にしんと静まり、楚々と神官達がリリスを迎えに来た。
「え、えーと、簡単にで良かったのですが……」
「は、簡単に作り上げましたので、ご覧下さい」
「全然簡単じゃない気がする」
「とにかく見に行ってみましょう」
引きつった笑いで、ガーラントに押されて部屋に一歩入った。
「うわー、なんか凄い」
今朝まで普通の部屋だった自分の部屋は、荘厳な神殿の一部になっていた。
窓明かりを中央に、囲うように祭壇が配置され、ススで汚れていた燭台やランプが、ピカピカに磨かれてずらりと並んでいる。
壁は見た事もない輝きを放つ白い布が幾重にも下がり、それは奇妙なツヤがあり、窓の明かりを反射して祭壇の前に光を集中させている。
ゴウカがパチンと指を鳴らすと、ポポッと次々と並ぶランプやロウソクに火が灯った。
「この布はなんでしょうか?なんだか、とても不思議な布ですが」
「これはある場所に、聖布を織る精霊の工房があるのです。
今もあるのか心配でしたが、変わらず織物を続けていたので、たいそうな在庫がありまして。
ひとまとめ持てるだけ持ってきました。
神殿の再興には、是非使って欲しいと、彼らはひどく喜んでおりました」
「そうなのですか。イネス様はご存じですか?」
後ろにいるイネスが、目を見張って見回す。
布を手に取り、首を振った。
「いや、これは見た事もない……いや、いや……聖域で見た気がするな。
地の神殿の奥の間の、兄様しか入れないところで、寝台が1つあって、そこに……」
カアッといきなりイネスが真っ赤になった。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
ふむ、と後ろでマリナが腕を組んだ。
「なるほど、ガラリアとヴァシュラムは、今だ”つがい”なのだな?」
思わずマリナに見透かされて、イネスがますます真っ赤になった。
1度だけ兄巫子を探して入ったそこには、セレスが全裸で横になり、どこか艶めいて身もだえていた。
見てはならない物を見たような気がして、ずっとずっと忘れようとしていたのだ。
「つがいなどと、下品な言葉を使うな、馬鹿者」
「ククッ、まあ良い、見てはならぬ物はなかなか忘れぬ物だ。
だがな、汝ら地の者は火の神殿取り潰しに関係する。
それはゆめゆめ忘れるな」
マリナがいちべつもせずにイネスに言い放ち、リリスに祭壇の中央を指さす。
「さ、赤よ、こちらへ座り、目を閉じよ。
眷属は無くとも、我らには感じるはずだ」
「はい」
リリスが祭壇の前に来て、窓明かりを見上げた。
皆は背後で膝を付き、頭を下げる。
部屋に入れない者達は、階下からリリスの部屋に向かって廊下で膝を付き頭を下げた。
「よし!では、はじめます!」
目を閉じ、手を合わせ、一礼する。
パーーーン!!
たった一度、リリスの打つ手の音が、ビンと空気を震わせた。
合わせた手を前に、心を集中する。
「火の神、日の神、ここに神を敬う神事は復活せり!
つどえよ尊き火の御神、開け!常世の道!
赤青の巫子揃いたり、日と火の神の息吹よ、ここに参りませい!!」
声が高らかに響く。
その声が果たして神の耳に届くのか、この神殿でも無い普通の家の一室で、リリスはそれでもやり通す意志の強さだけが1つの武器だった。
ゼロから神殿を起こすのは大変です。
まして、後ろ盾となるべき王家は理解がありません。
それでも、ここまで来ました。
祭壇がある場所が神殿。
果たして神は答えるのか?




