表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

383/581

382、愚鈍な王

王が自分を責めて額に手をやる。

霊体のマリナが、王の手をギュッと握った。


「王よ、心ここにあらずなど許されぬ、しっかり目を見開け」


「も、申しわけ…… おおっ! な、なんだ? 」


鳥が身体を突き抜けて飛んで行き、ハッと初めてそこで自分が空を飛んでいるのだと認識した。


「フフッ、鳥がお前にしっかりせよと言うたのだ。

さあ、その目で見よ、あの魔物に紐付けられている者達を」


言われて、王が足下を見る。

王は驚き、目を見開くしかなかった。

城の一室から、蜘蛛の巣のように、赤く毒々しい色の糸が、無数に城内から城外、城下へと張り巡らされている。


「あ、あれはなんだ?!」


「魔物は汚した(けがした)相手を紐付けするのだ。

それは、対照との接触が濃いほど太く、間接的な(けが)れだと細い。

だが、その紐を通して自由に操り、人の生気を吸わせ、そしてその本人もエサにすることも出来る。」


「え、エサ?? だと?! 」


「そうだ、生気を吸い取るのだよ。

生気を吸い取られた者は、ご丁寧に灰にして消してしまう。

多数の不明者が城下では出ている。

灰になる瞬間を私は見た」


「それに…… 、操られる者に、自覚はあるのか? 」


「自覚は無いと言った方が良かろう。

自分のすべてを置いても命令されれば身体はそれに従う。

そうしなければならないという、焦燥感に襲われる。

たとえ親でも手に掛けるだろう。そしてこの紐に距離は関係ない」


「馬鹿な! そのような事が」


「事実だ。

自分は赤を殺そうとしたのだ。無二の親友と思いながらも。

そうしなければ魔物に捨てられると、恐ろしくてたまらなかったことを覚えている。

魔物が唯一無二の存在になるのだ。他に頼る者は目の前にあるのに。

愛情は、容易に裏返される。


先日、私は王子の小姓を2人助けたぞ。

2人とも王子に紐付けられ、街で花売りをさせられて、男達の生気を吸い取る触媒にされていた。

危うく命を落とす寸前だったが、命を救われても身も心も傷つき代償は大きい。

傷ついた心は、誰かが支えなければならない。

お前にもそのくらい想像はつくであろう。愚鈍な王よ。


赤を襲った兵2人は、血で汚され攻撃性が強い為にいまだ封じたまま眠っている。

紐付けられた者は、簡単にその紐が断ち切れない。

命令は強く心を占めてしまう。


今日は騎士が3人来た。

すぐに清めを行い汚れ(けがれ)を祓ったが、糸が太い為にそれだけで気を削がれ、激しく消耗してしまった。

彼らは騎士だ、城を守る大切な戦力だ。

だが、戦意は削がれ、心のどこかが欠落する。


アトラーナ王よ、今隣国に知れると攻め入られても抗う(あらがう)すべは無いぞ。

隣国リトスは危うい関係だからこそ、姫の輿入れを決めたのだろう?

敵はトランばかりでは無い。

かねてよりリトスは、精霊をないがしろにするアトラーナ王族を良く思っていない。

火の王は、アトラーナを見限った時、隣国に神殿を起こすだろう。

他の神も、恐らく追従する。


迷う暇は無い、決断せよ。

我らに城を一時(いっとき)任せよ(まかせよ)


「馬鹿な!明け渡せというのか?!」


「汚れを一掃する為だ。

糸を1本1本切るよりも、元を叩いた方が早い。

そしてその元は、お前の親族だ。

汝は気高くありたかろう、だが臣民にとって、時にその(こころざし)は迷惑である」


「キアナ…… ルーサだと…… 言うのか…… 」


一時(いっとき)だ。

だが、それが数日かかるか数週間かはわからない。

その間、(ぬし)は邪魔だ、退避せよ。

魔導師の長にも伝える。

どこでもよい、強固な結界の中に潜め。お前が取られたら厄介なのだ。

わかるだろう、人間の王よ。

決断は早い方が良い。急げ」


無言で青の巫子を見つめていると、ストンと自分の身体に落ちた気がした。

ガクンと膝折れて床に手をつき、テーブルに目をやる。

青い炎は小さくしぼみ、消えそうになった時、ハッと王が声を上げた。


「そちらに! 兵が向かっている! 兵が! 」


『承知している、案ずるな。ではな。疾く、決断せよ』


フッと、火が消えた。

ふうっと王が息を吐き、ロルドーの手を借りて椅子に腰掛ける。


「青の…… 火の巫子…… か」


「何をご覧になられたのか? 」


「無数の…… 紐付けられた、魔物の手下となった者たちだ。

城内、城下、無数にいた」


「なんと! まことですか? 」


ロルドーが、髭を撫でながら深くため息を付く。


「災厄も作り話と…… あまりの力に王族が恐れたから、と、密かに聞いたことがございますが、信憑性がありますな」


「王は無力だよ。こう言うことにはな。この事態を見て、愚鈍と言われても言葉もなかった」


「それは無視出来ぬ失言ですな」


「愚鈍である事極まりない、我ながら自分に失望した」


「ほほっ、何を仰います。少ない戦力でいかに戦うか、一緒に考えましょうぞ」


「うむ、頼りにしている」


「ははっ! 我が老いぼれの命、アトラーナ王の為に」


王の瞳に明るさが見えて、ロルドーも姿勢を正し胸に手を当て頭を下げた。


マリナは時に辛らつです。

王はここまで状況の悪化した事に、気がつきながらも見ぬ振りをしてきた自分の行いが、愚鈍と言われても仕方が無いと頭を下げます。

長い平和の中で、人にかしずかれ漫然と王の座にいた自分は、一体何をしてきたのかと自問自答します。

巫子にお前は邪魔だと言われても、ぐうの音も出ません。

とは言え、ランドレールは、追い込まれると何をするかわかりません。

最後に王だけは無事に生き残っていなければ、国は乱れます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ