381、火の巫子と王の和解
火の神殿の神事など見た事もない。
そこに死んだ巫子の魂が関係するなど、伝え聞いてもいない。
まして、火の神殿に関する書物は、すべてが焼き払われたと聞いている。
あの災厄をきっかけに、王族は火の恩恵を変わらず受けながら、それを敬う神殿とは決別したのだ。
「承知している。
何代もの殺戮に、我が血筋の者がしたこととは言え言葉も無い。
この代償は、これからの王家が返すことで許して欲しい。
神殿の再興は許しを出そう」
カッとマリナが頭にきて指を指す。
その指は小さく震え、王の無知に怒りに震えた。
「神殿は!!神殿というものは、元より人間の許しなどいらぬもの。
神がおわし、人が敬うところに神殿は生まれる。
それを王族が裁定しようなどと、神への冒涜と知れ!」
「申しわけ……ない……
我らは無知であった。
王家は今後、神殿の在り方を、今後改めて話し合いたい。
神を敬うことを臣民達に広く伝えることを約束しよう。
心からの謝罪を、我がアトラーナの、精霊の国としての復活の足がかりとして」
王が胸に手を当て頭を垂れる。
マリナの炎が、次第に収まって行く。
小さくうなずき、手を伸ばした。
「この火に誓え、アトラーナ王。
我が手に触れよ。我らはまだ汝らを信用していない。
信用に足る証を見せよ」
マリナの手にある炎がボウと大きく火柱を上げる。
音を立ててメラメラと燃える火は、触れると火だるまになるのではと恐怖を呼んだ。
「王!」
ロルドーが、思わず声を上げる。
王はだが、戸惑うこと無くその手に手を重ねる。
ゴウと王の手が火に包まれ、その火は肩まで燃え上がり恐怖を呼ぶ。
「王よ!どうか!」
ロルドーが恐ろしさにわなわなと震え、腰の剣に手が行く。
その火は骨まで軋むほど冷たく感じ、燃えているのか冷えているのかわからない感覚にとらわれ、痛みに顔を歪めた。
「巫子よ、我が側近は年なのでな、あまり心臓が強くないのだ。
どうか、今はこの辺で許して欲しい」
痛みをこらえて苦笑してみせる王に、少し驚いてククッとマリナが笑う。
わかっているのだ。
もうこの王に後はないのだと。
心の見えるマリナには、大切な赤の親であるこの王が、それを認めようとしていることが。
「私の赤は、我が大切な半身。
また傷つけよう時は、容赦せぬ」
「今度こそ、守ると誓おう」
「よい、返事だ。二言はないな」
「アトラーナ王に、二言など無い」
炎の中でその手をギュッと、王より遙かに小さなマリナの手が握った。
「火の者は、汝王家に助力しよう。
今、願う汝の望みは何か」
「城から魔物を排除したい。
……いや……、いや、それは……短慮であった。
まずは敵を知らねば簡単にはいかぬだろう。
まずは魔物がどれほど眷族を増やしているかを知りたい」
「良かろう。手をしっかりと握れ、そして目を閉じよ。
私に心を委ねるのだ」
王が、火に包まれる少年を見上げ、そして静かに目を閉じる。
次の瞬間、自分の身体は城の上空にあった。
ハッと、
その少年を見る。
美しく、白銀の髪は青く光に輝き、その白い顔は透き通って長い睫毛の奥に青白い炎が燃える瞳がこちらを見ている。
そしてその腕は、片腕で左腕が無い。
「何故、汝は巫子でありながら片腕が無いのだ」
「これは我が罪の証、過去の後悔、そして贖罪の印」
「罪?とは?」
「私はかつて魔物に操られ、魔導師の塔を崩した者。
力ある身体を魔物に利用され、この国に仇成さんとする者に身体を乗っ取られたのだ。
私は赤に救われ、黄泉で数百年の時を修業した。
汝ら人間にはわからぬ事、だが、巫子を放置するという事はそう言うことだ」
「あの……時の、私と妻は、悪意を持った者に毒を盛られた」
「今の私は知らぬ事、だが、重ねた罪を贖罪する為に腕の再生を止めている。
この腕は、我らが民衆に受け入れられた、その時に再生しよう。
火の神殿があったなら、私の受けた屈辱も無かった。
私がどれほど魔導師どもに陵辱され、辛い日々を送ったか、お前は同じ城内でありながら知らなかったであろう。
私は耐えかねて井戸に身を投げた時、魔に取り憑かれたのだ。
どれほどの苦しみを受けたか、今思い出してもおぞましい。
我らが神殿を失い300年、汝ら王家が犯し続けた罪は、いずれ汝らヘと回帰する。覚えておくがいい」
王が息を呑み、わかった、と小さく返した。
ショッキングな事実に、胸を押さえる。
塔が崩れた時、自分が受けた報告は、ほんの一部であった。
なにも、自分は知らされず、そして自分に起きたことだけが大きく心を占めている。
王ならば、もっと視野を広く持たねばならないのだ。
それを忘れてしまって今、この事態にある。
自分がもっとしっかりしていれば、あの時この事態は収拾出来たに違いない。
自分の慢心が、この事態を引き起こしているのだ。
ぬかったと言った、あの先祖の王の言葉が、重く心に刺さった。
双方の溝は大変深い物ですが、リリスの存在がそれの橋渡しをします。
彼は真っ直ぐに育てられたのではなく、竹のようなしなやかさで真っ直ぐに育ったのです。