379、王は決断する
王は自室に戻ると、椅子に掛けてザレルからの手紙を読んだ。
短い手紙は、だが重い。
側近が頭を下げ、小姓の持ってきた茶を毒味役が毒味して出す。
だが以前、王家だけが体調を崩すという毒で妃と共に体調を崩したことがある。
それは、セフィーリアによると毒というより呪いだと言われた。
呪いに毒味は意味を成さない。
キアナルーサの毒味役は小姓に任せてある。
王子の頃からの長年の習慣をじっと見ていて、大きくため息を付いた。
一体、この城に何が起こっているのか、わからない事ばかりで疲れ切った。
気が休まらない。
アデルに王子に対しては、その言動にも無関心でいろと言われているが、それは……難しい。
また、大きくため息を付いた。
「騎士長はなんと?」
側近の白髪に白い髭の老年の元騎士ロルドーが、静かに訪ねた。
頭を抱えていた王が、身を起こして手紙を彼に渡す。
「避難せよ、だそうだ。
何故か上まで一切報告が無かった事だが、人が消えると言う噂に調べると、城下の民、下級の一般兵、合わせてわかっただけで行方不明者が23人。
恐らくもっと詳細に調べると50は下らぬだろうと。
働き盛りの年齢の男ばかり、城下では夜出歩くものがめっきり減ったと。
最近では、恐れて城に上がることを拒む兵が出ているらしい。
外を見ていて、最近中庭の警備兵が減った理由がわかった。
しかし……問題はそれに加えてだ。
その原因、理由がわからない今、半数以上の騎士には登城を控えるように密かに指令を通達していると書いてある。
有事に備えよと、騎士の保護は今後考えられる事への最大の対処だと」
「なんと、城を放棄すると?騎士の風上にも……」
「いや、魔物相手に剣は無力だ。
悪くすれば、魔の仲間を増やすことになる。
それが手練れの騎士であるほど、我らには強敵になろう。
王子と関係を持ったと、恐れて自ら申し出た者が3人いるとある。
密かに風の丘へ行くよう伝えたらしい。
あの、火の巫子だという者の元へ」
「なんと、それではあの話も誠なのでしょうか……」
「どのようなことか?」
ロルドーが渋りながら、口を開く。
「王子が夜ごと薄衣で庭に出ては、兵を誘惑していると。
お耳に入れるには、はばかることでしたので控えておりましたが、お妃様はどうもご存じのようで」
王が聞きたくなかったとでも言いたげに首を振る。
「嘆かわしい事よ。そうして獣のように配下を増やすのであろうか。
抗うすべの無い、魔の誘惑には人間は無力なのだろう」
「この、精霊の国が、なんと言うことでございましょう」
嘆くロルドーに絶望的に首を振り、暖炉を指さす。
ロルドーは燭台から手紙に火を付け、暖炉で燃やした。
「わしが死ぬのをじっと待つのか、それとも謀反を起こすか」
「お妃様を塔に向かわせた時、王子に動揺を感じました。
新しい側近が追いかけたので配下を追わせましたが、かなり激怒され叱咤されたと報告を受けています。
すると魔導師に会えば、恐ろしいことが始まると語ったそうな。
はて、これは謀反の気配ですかな?」
驚きもせず、髭を撫でながら言葉を返す。
そして、その時、地の三の巫子アデルが奥の寝室から現れた。
「どうぞ、ご決断の時でございましょう」
ゆっくりと、胸に手を当て頭を下げる。
彼は、宰相の件の後から、王の居室に現れると王のそばにずっと控えていた。
オパールのそばにいるのは、身代わり石で作った現し身だ。
彼は部屋に結界を敷いて王を守り、水晶玉を通して塔からの声を聞き、逐次連絡を王に伝えるようになったのだ。
「内部に汚れがある以上、城のどこにいても同じでしょう。
城を守る結界は意味を成しません」
王が窓辺に歩き、各棟に囲まれた中庭を見下ろす。
兵がのんびり歓談し、襲われることのない城内で緊張感も薄く警備する姿にため息を付いた。
「結界とは、何の為にあったのか。
あることが当たり前で、その意味を考えることは薄れていた。
王子は自分に騎士をくれという。
わたしが王子の時は、率先して騎士が集ったものだ。
今のあの王子に、誰が集うというのだろう。
ザレルは、あれはすでに魔物であると言うてきた。
自分は騎士を守ると。半数の騎士に登城を控える代わりに、自分は我らを守る為、城に残り続けると。
私はあれの判断は間違っていないと思う。
私の油断がこの事態を招いたのか、一体何故地下にそのような災厄の原因となった者が葬られているのか。
何故、それが口伝で伝わらなかったのか……
あの、古の王は、わしを見て抜かったと言うた。
器が知れると。
まさに、それがこの状況をもたらしたのだ」
アデルが、彼の隣に歩み寄り王の手を取る。
その顔を見ると、少年とは思えないほどに大人びて見えた。
「ご自分を責める必要はございませぬ。
これも火の神殿を排除した過去の王の過ち。
あなたは逃げ隠れするのではないのです。
ただ、王族が丸裸である限り、巫子たちはあなたを案じてこの城に手を出せない。
巫子は決して人の王をないがしろにするわけでは無いのです。
共に、この国を栄えさせたい、その気持ち1つでございます」
王が目を閉じ、大きく息を吐く。
「火の巫子と、話は出来ぬか?そうだな、青の巫子と」
「お待ちを、繋ぎを付けましょう」
アデルが寝室へと戻って行く。
「ロルドー、私は……今後、臆病者だと語られる王になるだろう。
優れた子を自ら捨て、穏やかな子を魔物に蝕まれ、私に残されたのは一体何なのだ。
私は……あの子を取り戻したい…………」
そのあの子がどちらなのか、ロルドーにはわからない。
双方なのかもしれない。
ずっとそばで王を見てきて、世継ぎを見るたびに王に感じたのは後悔だった。
それは間違い無く、あの赤い髪の子を手放したことに違いない。
ロルドーは、双子が生まれた日を思い浮かべ、痛む胸にため息を密かに付いた。
火の巫子との対話。
それは王家が変わるという事です。
口伝で300年、殺し続けた火の巫子。再興を許さない火の神殿。
その終わりが見えてきました。




