373、孤立する王
数日後の朝、キアナルーサの姿のランドレール王子は珍しく落ち着いた様子で、側近となったルクレシアと小姓達を連れ食堂へと向かった。
ルクレシアは機嫌が悪い様子で、小姓達は彼に睨まれ震え上がっている。
王子はチラリと見て、何かあったのだろうと気にもとめなかった。
王や王妃、そして地の巫子アデルも揃って食事を共にし、最近うわさになっている自分のことを心配する両親に、あれはただのうわさでそう言う事実はないと、問題ないことを告げて宰相である伯父の下で王族の仕事を本格的に見たいと許しを得た。
「伯父上の仕事は父上にも通じるもの。
そばにいて、どのような仕事があるのかしばらく教えを請いたいと思います」
「それは……良い事だ。
お前も本腰を入れた方が良かろう」
「それで父上、私にも、騎士の側近が欲しいのですが。
私には何故側近が少ないのでしょうか?
親衛隊を作るとお許しがあったように思うのですが?」
「わかった、ザレルに話しておこう。
だが、自分の周りに人が少ない意味は、自分で考えよ。
先日レスラカーンが急に自分の館に戻ったのはまことに残念であった。
あの子はお前の右腕になるべく頑張ると言うておったのに、挨拶も無しにどうしたことだろう」
「気が変わることは良くある事です。
目が見えぬ事で、出来ることがないと嘆いておりましたから。
父上に見せる顔が無いのでありましょう。
まったく、つまらぬ軟弱者です」
「これ、従兄弟をそこまでなじってはならぬ。
新しく選んだ側近はどうか?」
「はい、とても良くできた青年で、若くして侯爵の後継らしい風格がございまして、私も勉強になります。
来てくれた時は大変嬉しゅうございました」
「それは良い、お前ももうすぐ16、誕生の日には正式に次期王として後継者と示す正式なお披露目を開く予定だ。
最近周囲が騒がしい、民衆を安心させる必要がある。
例の火の巫子とか言う、勝手な輩の言い草に王家へのよからぬうわさが立ち、腹立たしいばかりだ。
お前が王家安泰の姿を見せて、民衆を押さえるのがもっとも良かろう」
「お任せ下さい、父上に恥をかかせたその輩も探し出して、首をはねてご覧に入れます。
ちょうど城下に潜んでいる場所が特定出来たところです。
確実に捕らえ、隊を連れて味方する者達を血祭りに上げ、巫子と名乗り出た者を裸で市中を引き回し、辱めてご覧に入れます。
城門前で火あぶりに上げ、千に刻んで犬のエサにするがよろしいでしょう」
ウッと王妃が口元にハンカチを当て、席を立った。
「失礼、気分が悪うございますので」
「大丈夫ですか?」
アデルが心配して声をかけてくる。
「大丈夫よ、少し外の空気を吸ってくるわ」
朝からなんと言うことを楽しげに話すのか、リリスがその様な目に遭ったらと思うと恐ろしくて聞いていられなかった。
食堂を出ると彼女のミスリル、ミザリーがメイドの姿で頭を下げる。
「ミザリー、気分が悪いわ。そうね、ルークに以前もらった薬をもらいに行きましょう」
「は?……はい」
無言で王妃は先を行く。
食堂の中で、キアナルーサの姿のランドレールがビクンと顔を上げた。
マズい、この2人を魔導師から遠ざけるのに、どれほど苦労したと思っている。
王の周囲の者を配下に収めるのもまだ途中だ。
孤立させてゆっくり首を絞めるように、じわり、じわりと追い詰めたいのだ。
なのに、余計なことを!
どうする?魔導師達は、きっと話すだろう。
ここでこの女が真相を聞いたら騒ぎ出すかもしれない。
俺は女の身体には腐っても入り込みたくない、吐き気がする。
だが、相手は王妃だ。
殺すか?ここで! ……そうだ!
『 ルクレシア!ルクレシア!その女を止めろ!王妃が魔導師の塔に行く!
魔導師は俺のことを知っている!止めろ! 』
控えの部屋で軽い食事を終え、茶を飲んでいたルクレシアが、眉をひそめて顔を上げる。
「面倒くさい、僕に指図するな」
小さく囁くと、頭の中に更に何度も急かす声が聞こえる。が、
どうやって王妃を止めろと言うんだ。
「僕は一介の側近に過ぎないんだぞ。
王妃に直接言葉をかけろだって?天気の話でもするのかい?その方が不自然だ。
お前はこの2人に知られなければいいと思っているんだろうが、お前の奇行はすでに城内で有名だ。
レスラカーンの騒ぎも知れ渡っている。
王の耳に誰も直接入れないのは、お前を恐れてだよ、呪い持ちの王子」
『 うるさい!言う通りにしろ!
最近王の部屋が見通せない。魔導師以外の誰かが結界を張っている。
お前のミスリルに調べさせろ 』
「イヤだね、あれは僕の物だ。お前の命令は聞かない、聞かせない。
そんな物調べてどうすると言うんだ。また誘惑して身体を繋げるのか?
不実な奴だ、僕を何だと思っている」
言い捨てられて、王子の言葉が頭の中で無言になる。
そして、怨嗟のように暗い声が響いた。
『 ……そうだな、愛しているとでも言わせると満足するのか?この死人の俺に。
愛しているとも、お前だけを。ルクレシア 』
「ククッ、ククククク……
愛を知らないから、あんたはそんな悪霊になったんだろうに。
なんて空々しい言葉だ」
愛なんて、そんな物……この世のどこにあると言うんだ。
ルクレシアはカップを置くと、苦々しい顔で胸元をぎゅっと握った。
ルクレシアは、別に愛を求めてきたのではありません。
来い、と言われたことに、心動かされたのです。
必要とされることが、どれほどの力を持つのか、たとえ悪霊の言葉でも、それは麻薬のように彼を突き動かしました。




