368、僕は何故こんなところに来たんだろう
ラグの上でキスを交わし、王子が青年の頭の両脇に手をつき見下ろす。
青年の白い頬を撫で、クククッと笑った。
「侯爵の息子か、貴族も地に落ちた。ひどいものだ、花売り侯爵」
「酷いだろう?僕の名は、ルクレシア。家の名前のダンレンドは何故か、生まれた時から余計についてきた。
城に来たのは5年ぶりだ。こんな所によく住んでる」
「酷い物言いだ。本当に貴族か?
私の名は……ランドレール。遙か昔に死んだ王子だ。だが今は、キアナルーサと呼べ」
「フフッ、王子なら王子でいいじゃない。
その身体、ただの入れ物でしかない。
僕はこの身体と口づけしているんじゃない、あなたと口づけしているんだ。
だから僕はあなたをキアナルーサとは呼ばない」
「好きにしろ。
側近を首にした。お前が側近になれ」
はっ!と、ふざけるなと言いたげに笑う。
「冗談じゃない。僕は傍観者だ」
「仕事は小姓がやる。お前はここにいれば良い」
「そんな事、許されるわけ……」
「自分の側近は自分で決める」
その言葉に目を見開き、肩を揺らして笑い始める。
これ以上ない冗談だとでも言うように。
「クックックックッ、ああおかしい!なんだよそれ、まるで精霊王が巫子を決める時に聞く言葉だ」
その言葉に王子が苦々しい顔を見せると、バシンとルクレシアの頬を叩き、片手で首をギュッと締めた。
「あんな物と同じにするな。俺がもっとも嫌うものを覚えろ」
「お……ぼえる、必要な……んて、ない。
僕は、あんたの機嫌なんて知ったことじゃない。くそ食らえだ」
くっ、
苦々しい顔の王子が、バッとルクレシアのコートを広げた。
ボタンが飛んで、中の薄いブラウスも引き裂こうと手を掛ける。
だが彼はその手をバシッと払うと、自分でボタンを外し始めた。
「僕の物を壊すな、これはお前の物じゃない。僕の大切な服だ。
僕を引き裂いても構わない。でも、僕の物を引き裂くな」
眉をひそめて、王子が信じられないという顔で見る。
「なんて、……傲慢な奴だ。俺は王子だぞ」
「お前にわかるか、僕は家の金には手を付けない。
家を出る時持って出た服が僕のすべての服だ。財産だ。
自分のものを売り、身体を売ってでも自分の金で食って生きている。
お前のような中途半端に生きていない。
ああ…………ククッ、そっか、お前はもう死んでるんだったな」
そう言えばと、王子はルクレシアの手を見る。
装飾品が、指輪1つ無い。
すべて売ったのだろう。家紋の入った物さえ。それはきっと父親の逆鱗を買ったに違いない。
「ククッ、変わった奴だ、確かに半端に生きてない。
お前のような貴族は初めてだ。反骨精神の塊だな。ますます気に入った。
では、改めて言おう。俺の側近になれ」
「断る」
王子が凶暴な獣のような顔で、ルクレシアのブラウスの襟をグイと引き肩口に噛みついた。
容赦ない噛み方に、皮膚から血がにじむ。
「ギャッ……あ!うっ、あっ!い……たい!!」
突然バタンと窓が開き、風のように現れた彼のミスリルが王子の首にナイフを向ける。
「やめよ!下がれ!」
ビクンと半獣のミスリルが、手を止め青年の顔を見る。
「やめよ、良い。お前は下がれ」
ルクレシアの流れる血を見て、ナイフの切っ先が震える。
それでも、そのミスリルは窓に走り外に消えると、スッと窓を閉めた。
フーーっと、ルクレシアが大きく細く息を吐く。
噛んだままの王子が、更にグッとアゴに力を込めて噛みしめる。
「う……あっ!」
『 良い、余興だ 』
頭の中に、王子の声がした。
「化け物め、僕のミスリルは僕の物だ」
『 好きにしろ、答えは? 』
問いながら、流れてくる血を舐め取るようにゴクンと飲み込む。
ああ、なんと言う生暖かい体温に、あふれる甘美な血の香り。
骨まで砕いてしまいそうになる。
これは私の物だ。
ドロリと口から黒い澱を吐き出し、彼の肩に植え付ける。
ルクレシアが床に広がる金の髪を振り乱し、激しくもがいた。
胸まではだけた白い肌が赤く紅潮し、王子が笑って目を見張る。
その姿はひどく扇情的で、美しかった。
「うあっ!あっ!あ、あ、あ!!焼ける!熱い!何を、する!」
『 なに、ただの繋ぎだ。食うわけじゃ無い。これでお前はどこにいても俺の声が聞こえる 』
「何をきれい事!ただの監視じゃないか」
悲鳴を上げる彼に流れる血を勿体ないとでも言うように舐め取り、ニヤリと笑って王子が身を起こすと、あえぐ青年の白い皮膚の下で、黒い澱は蝶の紋章をかたどった。
愛おしそうに王子がそれを撫で、傷をふさいで行く。
「ククッ、頑固な奴だ。だが、もう後戻りは出来ぬ。
さあ、良い返事を聞かせよ」
見下ろしながら彼の股間に膝を押しつける。
口についた血をべろりと舐める王子に急所を押さえられ、青年の顔に思わず恐怖がわき上がった。
「ひっ!ぃ……くっ、この卑怯者!!」
「口の利き方に気をつけろ」
「い、嫌だね、これが僕なんだ。
殺せばいいよ、千に刻めばいい!
僕のミスリルが相手でも、あなたなら怖くないのだろう?!」
クククッと笑い、ルクレシアの顔の両側に手をついて、彼の耳に熱い吐息を吹きかけて囁いた。
「ああ、怖い物など無い。
私の側近になれ、私のそばにいろ。返事は?」
「僕は、嫌なことは嫌だと言う」
「それでいい、私に不遜な物言いも許す。だが私は私の思ったように動く」
青年が、大きくため息を漏らす。あきらめたように視線を外した。
「気に入らなければ殺せばいい。あなたに殺されるまで、僕はあなたと共にある」
「それでいい」
ランドレールが青年の首筋に舌を這わせ、愛撫しながら服を脱がせて行くと、ルクレシアが諦めきった様子で天井を見つめながら吐息を漏らす。
「ああ……僕は、何故こんなところに来たんだろう」
「共にこの国の高みに登る為さ」
「そんな物いらない。こんな国、滅んでしまえばいい」
「手に入らなければ、滅ぼしてしまおうとも」
「ああ……それは…………いい、いいね」
2人は口づけを交わしながら、何故か自分の半身と、やっと出会ったような充足感に満ちていた。
R15なので、どこまでオッケーか葛藤させられる2人の関係w