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367、侯爵の息子と半獣のミスリル

数日後の夕方、キアナルーサの元に1人の青年が訪ねてきた。


「黒の指輪が来たと、言って頂ければわかります」


名前を聞いて貴族の名に門番が中に通すと、初めて見るミスリルに目を見張る。

慌てて王子の側近ケルディムへ、知らせが走った。


「それが、供の方が……あの、けものの顔をした恐ろしげな者がお1人だそうで……

かたりでしょうか?追い返しますか?」


「待て、王子に確認を取る」


一体いつ外の人間と出会ったのか、出かけられた覚えがない。

気持ちの悪い男だ。


側近のケルディムが立ち上がり、足早に王子の部屋の前に来ると、1つ大きなため息を落としドアを叩いた。

返答を待ち、怪訝な顔で頭を下げる。


「ダンレンド侯爵のご子息が黒の指輪が来たと、お伝え下さいと仰るのですが。

どういう事でしょうか?いかがなさいましょう」


王子は珍しくデスクに座って、何か書き物をしている。


「やっと来たか。通せ」


「あの子息は素行が悪いと耳にしますが……」


「良い、お前が知る事ではない」


「では、謁見の間に。

これから親しくなされるのでしたら、侯爵のご子息です。

きちんと拝謁はいえつなされるのが順でございましょう」


「良い、ここに連れてこい」


「直接でございますか?侯爵のご子息とは言え、しばし登城もしておられない奔放ほんぽうな御方です。

あまり懇意こんいにされるのはおすすめ出来ません」


ガタンと椅子を鳴らして王子が立ち上がった。

ケルディムに向け、指を指す。


「お前に何がわかるというのだ。下がれ。ステラに迎えに行かせよ。

お前の顔は見とうない」


ケルディムが大きくため息を付いた。


「は、承知致しました。では、本日はいとまさせて頂きます。

ご用は小姓に申しつけ下さいませ」


「もう良い、来るな」


ピクンと、ケルディムが一瞬動揺した。


「来るな、とは?」


「側近の職を解く。父上には自分で言いに行く」


ケルディムが、忙しく視線を左右に動かし、部屋の様子を見回す。

何も粗相した覚えも無い、ちらりと、気になっていたじゅうたんのシミに目をやり、頭を下げた。

家具で隠してあるが、あれは、最近の血の跡だ。


「承知致しました。

短い間でしたが、お世話にたずさわる事が出来まして、私は果報者かほうものでございました。

今後城内でお目にかかる事もございましょうが、変わり無くお勤めさせて頂きます」


「世話になった、お前のせいではない。こちらの都合である。

お前の地位に影響の無いよう、父には告げるから心配はいらぬ。

今後も国の為に変わらぬ働きを期待する」


「は、恐悦至極きょうえつしごくに存じます。それでは失礼致します」


ケルディムが、部屋を出てドアを閉める。

驚くほどに、スッと心が軽くなった。

部屋に軽快な足取りで戻っていると、王子に目をつけられた青年の代わりに来た古参の執事が、ケルディムに頭を下げた。


「お坊ちゃま……ケルディム様、何か問題でもございましたか?」


「首になった。もうお坊ちゃまでいいぞ」


「は、おめでとうございます。

これでお館様も奥様もホッとされる事でございましょう。

それでは帰り支度を……館に知らせを走らせます」


「頼む。私は挨拶回りをしてくる」


「リオンを付けさせます。粗相の無いようになさいませ」


「わかってる、悔しそうな顔で回ってくるよ」


笑って清々(すがすが)しい顔で手を上げ廊下を歩む。

執事は何ごとも無く終わって、ホッと息を付いた。





小姓のステラが、正装した青年を案内する。

すそに軽やかなツタの刺繍の入った青紫のハーフコートにそろいの色のズボン、中からゆったりと白いレースのブラウスが覗く。

コートと同じ色をした羽根飾りのツバの広い帽子をかぶった金髪の青年は、見るからに身分も高く、見目は良い。

だが冷たく表情もなく、切れ長の目に光る氷のように薄いブルーの瞳で、チラリと振り返るステラを刺すように見る。

ステラがびくりと肩を小さくした。

青年の後ろには、獣の顔をした白いたてがみの15,6の少年が身をかがめて大きな荷物を持ちあとを追う。

階段を上り、王子の部屋が近くなると、ステラが振り返った。


「従者の方はこちらの部屋でお待ちください。」


青年が振り向きもせず、うなずく。


「いつ、いかなる時でも参じます。お呼びください」


獣の少年は、思いがけず若く澄んだ声をしている。


「ここは王城だよ、心配はいらぬ」


「はい」


青年が、ステラに案内され王子の部屋へと歩みを進める。

ステラがノックすると、返事も待たず青年が横からドアを開けた。


「あっ、お待ちを……」


ステラが遮る手を避けて、青年が先に部屋に飛び込んだ。

キアナルーサが椅子から立ち上がり、部屋の中央に立って彼を見る。

ステラに下がれと手で払うと、彼は頭を下げてドアを閉めた。

2人、目を合わせると、クッと笑い合う。


「王子に対する礼も知らぬ奴よ」


「何だ、年下なのに、思ってたよりチビじゃない」


ククッと王子が笑い、青年がニッと笑う。

王子が歩み寄ると、青年を乱暴に抱き寄せ軽く口づけをする。

彼の帽子がひらりと落ち、青年が吐き捨てるように言った。


「家を捨ててきた。従者は半獣のミスリルだ。嫌なら出て行く。

花売りにでも戻るさ」


「ククッ……精霊は見えないクセに、ミスリルを飼っているのか?」


「森で拾った子供さ。親に捨てられてボロボロで死にかけてた。

貴族って奴は、みんな持ってるだろ?

貴族の端くれだった頃、僕も拾ったのさ。

でも、僕の父親だという男は、醜いから捨てろって言うんだ。

まるで排泄物でも見るような、醜悪な顔で。


僕はね、あの子の獣の顔が気に入っている。

あの子は僕の頼みはなんでも聞いてくれる。でもお前の従者じゃない。僕の物だ。

お前の命令は聞かない、聞かせない。お前を見ない、近づかない」


「面白い、好きにしろ」


同じ背丈の王子が、青年の身体をグイと引き、髪を鷲づかみにして上からむさぼるような口づけをする。

青年は自分を支えきれず、2人床にドサリと倒れ込んだ。

ラグの上で、2人がもつれるように身体をまさぐりながら口づけを交わす。

王子が唇を離すと、2人見つめ合ってクスクスと笑った。

貴族の上流になると、ミスリルを従者にするのは1つのステータスです。

ですが、普通は彼らをそのまま連れて歩くことはしません。

ミスリルは希少ですが、恐れられ、嫌われるので、持っている、そのことだけが重要なのです。

ミスリル持ちには刃向かえない。

つまり、力の誇示になるのです。

特に半獣はバケモノと嫌われ、日の光の下を歩くことさえ奇異の目で見られます。

エリンのように、顔を仮面で覆うのはその為です。

ですが、彼はそんな事気にしません。

彼はしがらみの多い世に絶望した自由人。

しがらみの多い世を、変えようと思う自由人のガルシアとは対照的な青年です。

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