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366、自分の道は、自分で決めなさい

グレンはレスラカーンを片手で抱いたまま、普段は薬草の倉庫の入り口になる裏口から、密かに中に入って行く。

フェリアに手を引かれてライアが、そしてアイネコを抱いたゴウカがあとを続き、両側の部屋にそれぞれ干した薬草を分類して掛けてある倉庫を通って廊下に出た。

グレンがレスラカーンを下ろすと、サッとライアがその手を取る。

隣の部屋は壁一面に引き出しの並ぶ棚の中心に大きなテーブルと計りが置いてあり、壁には麻袋が整理されてずらりと壁にかけてある。


「ここはのう、お薬を調合する部屋じゃ。入ったら怒られるのじゃ。

こっちの部屋は干した何かを叩いたり切ったり、すりつぶして粉にしたりする部屋じゃ。

前は人が多くて別れて仕事をしていたらしいのじゃが、今は人が少なくてのう、弟子達は本当に忙しくて勉強どころではないぞ。

弟子には今は暇を出してて、誰もいない」


「誰も?薬が不足するんじゃないのかい?」


「大丈夫じゃ、家を出た弟子が街で店を開いて、そっちが今は賑わっておる。

うちの分も、リーリがいない時は任せている。

うちは時々、お医者さんのやってる店に売っているだけじゃからのう。

リーリの方が弟子より色々知ってるから、弟子の店にはないものが多いのじゃ。

リーリは凄いのう、まことに凄い。


でも、今はリーリがほとんど家にいなくなっちゃったから、困るって言ってた。

肝心のお母ちゃまも、やる気をなくしちゃっている。

ほんとはのう、リーリが家を出ちゃったら、あとが心配なのじゃ。

ほら、こっちにもいっぱい棚があるのじゃ!」


フェリアはライアの前を走って、こっちこっちとずらりと並んだ薬草棚の間を嬉しそうに駆けていく。

間違えないよう、きちんと札があり分類されて、神経質なほどでリリスの性格が見える。


「薬草が、これだけ種類があるのは壮観ですね。

集めるのも骨でしょう」


珍しそうに見回すライアに、ゴウカが誇らしげに返す。

ゴウカ達も、初めて見た時には驚いたのだ。


「赤様は、お小さい頃から山に入られますので。

旅の途中で、そこにしかないものも買ってこられるそうですし。

少ない物は、畑で増やして栽培されるそうです。

ここまで品揃えの良いところは、珍しく存じます。

とても真面目な御方です。薬を切らすと困る方がいらっしゃるので、当たり前のことだと仰います」


「あの方らしいですね。何もかもを天に与えられた使命にされてしまうように思います。

普通の人間には耐えられないことでしょう。

でも、それを苦も無くやってしまわれる」


「フフ…… まことに。」


ライアが自然に敬語を使ってしまう。

それだけの物があるのだと、レスラカーンは色々混じり合った薬草の強い匂いを嗅いでうなずいた。


「しかし、何故…… これほど、ここに人が集まっているのだ?」


レスラカーンの問いに、グレンが答える。


「青様が、人が集まるから庭に宿泊所を建てよと申されまして。

騎士殿が村に相談されましたら、総出で手伝いに来て下さいました。

村の空き屋を解体して、建てたところでレナントから姫様がお供を連れて到着されたばかりです。

夜になると村人は家に戻られますが、庭にはレナントの兵が居られますのでご注意を」


「レナントの姫? ルシリアが? 何故城ではなくこちらへ来るのです? 」


「姫は我らの巫子をお守りしながらこちらへお見えになったのです。

道中魔物に襲われ、今酷く皆様お疲れなので、後ほど直接お聞きになって下さい」


「そう…… なのか。皆が大変な目に遭っているのだな」



ドタドタドタドタ



いきなり、足下を何かが横切った。


「ん? 猫でしょうか? 」


「え? えーと、さあ、ネズミでしょうか」


グレンが前垂れの中で顔をひくつかせて、そっぽを向く。

すると廊下の突き当たりがバタンと開き、リリスが明るい顔でガーラントを連れて歩み寄り、頭を下げた。


「お久しゅうございます! リリスでございます、覚えておいででしょうか?

お疲れでございましたでしょう、よくおいで下さいました!

狭い家ですが……、 あ! ここはお城の方が作った家でした!

ほどほど大きい家ですが、どうぞおくつろぎ下さい。


お食事にされますか? あ! そうだ! お風呂に湯が来てるんですよ?!

以前はいちいち湯を沸かしていたのですが、常時あったかいお風呂が使えるのです、凄いんですよ。

イネス様がいらしているので、無理矢理地下の湯の道を通して作ってしまわれたのです。

近々外にも皆様が使えるようにお風呂を作る予定です。

村の方も利用して、たいそう喜ばれることでしょう。


おや? 杖がないのですね? 明日良い木を探して作りましょう。靴も作らなくては。

村にはとても優れた職人の方がいらっしゃいます。ご安心下さい。

さ、参りましょう」


一息に喋るリリスに、ライアがレスラの厳しい顔を見る。

そんな旅行気分ではない。

自分たちは、城を逃げてきた王家の人間なのだ。


「リリス殿、われらはそのような気分では…… 」


しかし、先を案内するように話すリリスの声はひどく明るい。


「あ、お着替えを用意しましょう。

うちは客人用に簡単な服でしたらご用意出来ます。

お若い姿のヴァシュラム様が使ってらした物でしたら、背格好も合いましょう。

暖まって、一息ついて、それから皆でお食事にしましょうね。

シチューの味見をしたら、とても美味しくてビックリです」


薬草所から出るドアを、リリスが開いた。

パッと視界が開け住居棟の廊下に出る。

昔は人が多く住んでいただけに、廊下は広く質素な中に上品な調度品がロウソクの輝きに明るく照らされている。

だが、レスラカーンにはこの明るさなど届かない。心は決して安まらないだろう。


「リリス殿! 我らは……!! 」


業を煮やして、ライアが声を上げた。

廊下には、リリスと共に一度城に来た者達が揃って頭を下げている。

その前でクルリとリリスが振り向き、そしてニッコリ微笑んだ。


「承知しております。

しかし、今は身体を癒やすのが先決でございましょう。

レスラカーン様、お身体の気がひどく弱っておいでです。

空の上は心だけではなく身体の芯までお寒うございましたでしょう。

そう言う時には心は暗く沈み、頭は良い方に回りません。

今日は身体を温め、食事をして休息を取り、頭を正常に近づけて、そして心の中を綺麗に整理して、それからお話し致しましょう。

話をして、我らがお力になれるか、なれないか、それはあなた様がご判断下さい。

我らは無理強いすることはございません。

レナントやベスレムに行かれるのもよろしいでしょう。お止め致しません。

ですが、お力になれることでしたら、皆喜んで力をお貸しします。

それは恐らく、我らと目的は同じ事と存じます。


あなたの道は、あなた様が決めるのです。レスラカーン様。

人ですから迷うこともありましょう。

ですが、今は迷う時ではないのです。

次代を担う(になう)王家のお姿を、皆見ております」


ピシリと言われ、ハッとレスラカーンが顔を上げた。


迷うな、自分で決めろと、判断を付けろと、今言うのか。親を奪われたこの直後に。

いや、しかし、そうして自分で決めてきたのだ。この少年は。たった1人で。

そして乗り切って、これほど人を集めてしまっている。


ああ……

なんと強いのだろう。


自分も、その強さが欲しい。

そうだ、今、心に決めよう。


弱さを見せるのは、わたしの大切な父の無事な姿を見てからだ。

軽々しく涙を見せてはならない。私は、王家の男子なのだ。


ピンとレスラカーンの背筋が伸びた。


「わかった、湯を頂こう。今夜一夜、世話になる」


「何日でも、どうぞご滞在下さい。

誰もあなたに気を使いませんが、それでよろしければ。

村人にもあなたのご身分は話しません。

怖いことに、村の方々はタダ飯食いは許さないそうです。

散々こき使われて下さい。

そうすれば、目が見えないなど些細なことだと、あなたも気がつくことでしょう。

さあ、お手を。」


リリスが笑って彼の手を握る。

その手は温かく、そして小さいのに力強い。

クスッとレスラカーンが笑った。

ライアが驚いてリリスを見る。


「わかった。それで良い、気遣い無用だ。ライア、私の髪を切っておくれ。

この長い髪は邪魔だ」


「は…… はい」


どこか、リリスにカツを入れられたような気がする。

レスラカーンは涙のあとを拭き、そして真っ直ぐに顔を上げた。


中へと入って行くレスラ達の後ろ姿を見送って、不格好な鳥のような生き物がそうっと顔を出す。


「ぴよ、ぴよ、れ、……ーれ、ら、ぴよぴよ」


その鳥は、おっさんのように低い声でつぶやいて、また暗い部屋に消えた。

溺愛箱入り息子が初めて単独行動です。

お父さんがいたから、お父さんがいるから、だから頑張れたのに、総崩れで泣きはらした顔を見て、リリスは慰めるべきか、気合いを入れるか考えます。

今は気合いだ!

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