365、風の館に世話になる
犬さんがライアの振り回す剣を見て、身体を大きくして威嚇する。
犬さんはリリスたちを守る為に、自主的に館周辺を警護しているのだ。
言えば怒られることを知っているが、悪い奴を倒してほめられたい。
「ハッハッハッハッ!悪い奴!倒す!!いい子、してもらう!!」
「レスラ様!お逃げ下さい!」
「駄目だ、ライア!誤解を解くんだ!剣を……!!」
「ガアアアッ!! ……あ?」
ライアに向けて飛びかかる寸前、双方の真ん中に青い火がポッと生まれ、犬に向かって渦巻いた。
『 下がれ!馬鹿者!! 』
「ぎゃんぎゃん、わんわん!でも、テキ!あれ!テキ!」
『 敵ではない、もっと相手を見よ!剣だけに目を取られるな! 』
「でも…………、あれ!あれ!死ぬよ!死ぬ!巫子死ぬ!」
『 我らは死なぬ、下がれ。お前は館に戻って赤のそばにいるが良い 』
「でも、でも……いい子……わかた……」
青い火に遮られ、数歩下がってドスンと尻餅をつく。
犬さんは見る間にしぼむと、彼らを気にしながら山を下り始めた。
宙に浮いた青い火が、ライアたちの前でポッと明るく輝く。
光の中に人の姿が現れ、それが軽く頭を下げた。
『 王弟殿下のご子息レスラカーン様とお見受けする、我が配下の者が失礼した。
私は青の火の巫子マリナ・ルー。
城の惨状は存じております、どうぞ、一時風の館でお休み頂きたい。
館の外は人が多いので、見られぬようご注意を。
神官を2名送りますのでお待ち下さい 』
レスラカーンが驚いた顔で、ライアに手を引かれ前に出る。
そして胸に手を当て軽く頭を下げた。
「マリナ・ルー殿……先日の……、初めてお目にかかる。
気遣いは嬉しいが、私はそなたらと手を組むことは出来ぬ。
状況の変化を捉えきれず立ち寄ったが、レナントかベスレムへ行くことを考えている」
その言葉に、フフッと笑う声が聞こえる。
それは馬鹿にするものでは無く、緊張を解くような優しさがあった。
『 ご安心なさいませ。あなたを利用する気など無い。
あなたを利用するくらいなら、私の赤は本来まさに王の長子である正統なる世継ぎ。
そちらを利用しようとも。
下らぬ心配は不要だ。
あなた方は緊張で疲れ切っている。
湯を準備させましょう。
心と体を休めなさい、緊張の連続であったことでしょう。
村人が心込めて作ってくれたシチューは美味でございますよ。
何より、日が暮れます。
そこで野営したいと仰せでしたら、お止めしませんが 』
穏やかな声に、レスラカーンが大きく息を付いた。
確かに。自分もだが、ライアも疲れているだろう。
城では生きた心地がしなかった。
それにフェリアはここが自分の家だ。帰りたかろう。
「えーーー!わしはおうちの方が良いぞ。
ここはのう、本物の山犬が来るのじゃ。お父ちゃまがいれば怖くないんだがのう」
フェリアがレスラの手を握ってブンブン振った。
レスラが苦笑して、マリナに軽く礼をする。
「彼女がこう申しておりますので、一夜をお世話になりましょう。
では、神官殿をお待ちしております」
『 承知しました。館の中は信頼する者しかおりません。
どうぞおくつろぎを。それではお待ちしております 』
ポッと青い火が消え、代わりに白装束の神官が2人現れ、頭を下げた。
「巫子の指示で参りました。火の神官でございます。
私はグレン、こちらはゴウカと申します」
グレンがそう言うと、怪訝な顔でレスラカーンが顔を上げる。
「まだ神殿も無いのに、神官とは……どういう事か?」
「はい、我らは災厄の時より眠って今を待っていたのでございます。
火の巫子、赤様と青様、お二人が揃った今、神殿は無くとも、お二人がいらっしゃる、そこが神殿。
王家が認めなくても、ここにはすでに神殿があるのでございます」
「それは……つまり、王家の許しなど関係が無いと……
そう言うことなのだな」
「我らが巫子がお二方が揃った今、王家の許しなど意味はございません。
どうぞ、ご案内致します。レスラカーン様、青様が、青の火の巫子がお待ちでございます」
「私を?」
「青様は長の時を黄泉で修行なされた御方。
言づてを聞いてきたと、そう仰っておられました」
「黄泉……言づて……まさか…………」
フラフラと、レスラカーンが神官の方に手を押さしのべた。
山歩きには向いていないサンダルで、足下が滑ってふらつくと、サッとグレンが彼の身体を片手で持ち上げる。
同じ体格の男を、軽々と持ち上げる様はミスリルそのものだ。
「なんと力強い、頼もしい事よ。そなたはミスリルか?」
「はい、失礼致します。そちらの方は?」
ライアが、キリリと姿勢を正し、手で遮った。
「心遣いは不要です。私は歩きます」
「では、風のお嬢様は?」
「わしもライアと歩くのじゃ!久しぶりで気持ちいいのう!」
フェリアがライアの手を引き、グイと引っ張る。
ゴウカが、忘れられそうに切り株に残された、ルークの人形を拾った。
チラリとアイネコがゴウカを見て、ニャンと鳴く。
「あたし、足が泥で汚れるの嫌ニャの」
「承知しました」
笑ってゴウカが、アイネコを抱き上げる。
そして薄暗い森の中を、館に向かって降りていった。
犬さんは純粋に、リリスにいい子いい子して欲しくて自分に出来ることを探しています。
人間の前にはあまりでないように言われているので、番犬には丁度いいのですが。
ずっと地底暮らしで知能が低く、トラブルが絶えません。




