364、行き場のないレスラカーン
城を逃げ出したあと、レスラカーンの願いもあってしばらく空を飛んでいたフェリアは、言葉の少なくなってしまった彼を癒やすように優しく手に包み込み、水の聖域に逃げてきた。
だが、シールーンは姿を現さず、フェリアも他に頼る者がいない。
母には怒られるのが怖くて、近寄りたくないのだ。
父はまだ、城内に留まっているのがわかる。
「お父ちゃまに会いたいのう……」
つぶやきながら、寒さの為か、精神的になのか、震えるレスラカーンの為に近くから木を集める。
すると、それにライアが火打ち石で火を付けた。
「お寒うございましょう、もう少しで火が強くなります」
河原の石にレスラは座り、震えながら静かに涙を流している。
アイネコが膝に立ち上がり、彼の涙を舐めた。
「しっかりしニャー、キニャンの右腕になるんでにょ?」
「ああ、そうだね。すまない。ありがとう。みんな、ありがとう」
レスラがゴシゴシと袖で涙を拭き、ようやく少し微笑み、アイネコで身体を温めるように抱いた。
パチパチ木の爆ぜる音を聞きながら、食べる物も無い状況にため息を付く。
谷間の聖域は薄暗く、時々水の精霊たちの光が水面にポッポッと生まれては消える。
フェリアが、あれは精霊たちが見に来ているのだと言った。
「これから、どうなさいますか?」
ライアの言葉に、レスラが目を閉じる。
「父がいなければ、私は無力だ……」
「そのような……あなたが王族であることにお変わりはありません。
ですが、あれではご自宅の御館も安全とは言いがたいでしょう」
どこまで魔物の手が伸びるのかわからない。
城下一円は危険だと思った方がいいような気がする。
「レナントに行っても良いぞ。方向は風の精霊が教えてくれるのじゃ」
「レナントか……いや……やはり心配なのだ。
どうしても……諦めきれない、今はできるだけ父のそばにいたい」
「ふうむ、ではわしの家に行こうぞ。
誰か帰ってきているかも知れぬ。誰もおらんでも、精霊女王のお母ちゃまの家には誰も手出し出来ぬ。
あれでも聖域じゃ」
「そうだな。しばし休ませて頂きましょう、レスラカーン様」
「ああ、そうだね。そうさせて頂こう」
微笑んでうなずくレスラに、ライアが少しホッとする。
しばらく身体を温めて火の始末をすると、姿の見えないシールーンに礼を言って、またここを立つことにした。
フェリアはまた風の姿になると、二人と一匹と人形を手に自分の家であるセフィーリアの館に向かった。
「お父ちゃまは帰っていらっしゃらないと、お母ちゃまは言ってらしたけど、誰かいると思うのだ。それに、かすかにリーリの気配を感じる……リーリがいるといいのう」
「フェリアは家に帰っていなかったのかい?」
レスラカーンが、アイネコを撫でながらつぶやくように問う。
「わしは、レスラの怖い怖いって声を感じて……お母ちゃまの中から飛び出してしまった。
お母ちゃまに怒られるのじゃ。怖いのう、怖いのう」
「フフ……そうだったのか。
私が謝ってあげるよ。……フェリア、ありがとう。
君には助けられるばかりだ。でも、無理しないでおくれ」
「なんの、わしの夫を救うのは妻の勤めじゃ!見よ!あれがわしの家じゃ!」
「え?!あ?今なんて??」
ライアが慌てて身を乗り出す。
が、眼下に見える、館は庭にいくつも宿舎のように小屋が建てられ、村人に交じって騎士や戦士の姿も見える。
一変したセフィーリアの館に驚いた。
「なんだあれは!レスラ様、風の館に兵や村人が集まっております。
まるで、あれは……あれは、一軍が出来つつあるようです」
レスラカーンが、驚いて顔を上げた。
「まさか……謀反を起こす気か?」
「わかりません、直接降りることはやめて、少し離れた場所から様子を見ましょう」
ライアの言葉に、アイネコがレスラの手から飛び出した。
「あたしが見て来るにゃー、お城を攻めようって言ってたら駄目なんでにょ?」
「君にその判断は無理だよ。気持ちは嬉しいけどね」
ライアがそう言って、彼女をレスラの手の中に戻す。
フェリアは館の裏山に回り、突風で木を揺らしながらいつもリリスと薬草取りで使っていた休憩用の切り株のところに降りていった。
「ここはリーリと薬草取りに来た時の休憩所じゃ。
わしの遊び場でもある。今は木の実が少ない時期じゃ。
うーむ、腹が減ったのう」
「見つからなかったろうか?」
「わしは風、ただの突風じゃ。では、様子を見に行ってくる」
「いや、私が行こう。レスラ様を頼めるかい?
いざという時は逃げてくれ」
山を下ろうとするフェリアを止めて、ライアが前に出る。
「でも、ここをよう知っておるのはわしじゃ。
心配ない、リーリの気配を感じる。
リーリを連れてくる」
「あたしが一緒に行くニャ!」
心配するライアに、アイネコがレスラの手からピョンと降りる。
リリスがいるなら早く会いたいし、この森も何度かみんなと来たことがあるからだ。
「あたし、何度かここには来たことがあるニャ、大丈……フギャアア!!犬が来たニャーーー!!」
「犬?!はっ!レスラ様、山犬です!危のうございます」
「山犬?大きいのか?」
レスラが切り株から立ち上がり、ライアが前に出て庇う。
山にいる山犬は、人を襲うこともある。
それが山を下りてきたのかもしれない。
家の方から、犬が駆け上がって来て3人を探るように前をぐるぐる回る。
フェリアが怖がって、ライアにしがみついた。
「なんか変じゃ、これは違う物じゃ。キャアッ、近くに来るでない!」
「違う物?」
犬はフェリアの匂いを嗅いで、ピンと耳を立てると後ろを振り返る。
そして、わんわんと人が言うように吠えた。
犬はもちろん、リリスに地下からついてきた犬さんだ。
巫子が来てからはずっと、警戒するように館の周辺をうろついていた。
「おうち!このにおい!ある!!」
「しゃ、しゃべった!!!」
「犬が喋った!レスラ様、魔物です!!」
剣を抜くライアに、犬さんが剣の輝きに目を奪われ、顔を上げて耳を倒す。
「ぴかぴか、あれ、テキ?テキ?テキだ!!」
歯を剥くと、身体をムクムクと大きくさせて行く。
「何じゃ?大きゅうなって行く!」
「大きくなっていきます!!お下がり下さい!」
思わずライアが威嚇して剣を振ると、前にある枝が切り落とされ、一歩引いて犬さんが唸るように低く喋った。
「キル!キルモノ!テキ!! …巫子、マモル!!」
彼は引きこもりだったので、頼れる知り合いが少ないのです。
今までの生き方が裏目に出てしまいます。




