360、赤の火の巫子の誕生
リリスの差し出す手に、真っ白に輝く火が灯される。
それは見るからに火よりも遙かに高熱で、まるで小さな太陽のようだ。
『 ヒッ 』
思わず声が出て、犬が顔を上げる。
恐れも知らず、凜と自分を見上げるリリスにギリギリと犬の首から出た黒い顔が歯がみする。
火が恐ろしい自分には、一番恐れていた赤の巫子の誕生だった。
阻止に失敗した今、この巫子の弱みを探さねばならぬ。
しかし、家族もいないこの下郎に何が…………
家族……家族か…………
そして、ふと思い出したようにニイッと笑った。
『 家族?家族だと? そうだ! そうだ。
お前の本当の家族も我が手の内にある。本当の、家族だ!
クククク……この国は我の物!
火の巫子などユルサヌ!! ソノ首ウチオトシテヤロウ!』
フフッとリリスの口元が笑った。
「そうですか、やはりあなたは今、王城にいるのですね?
王子の身体を乗っ取ったのは、やはりあなたでしたか」
『 ウッ 』
自分でわざわざ自分の居場所を教えたも同じだ。
レスラカーンに逃げられ、思うように事が進まず思わず口が軽くなってしまった。
焦る魔物が、ぐるりと首を巡らしおののく村人達に目が行く。
ここで住人を虐殺すれば!火の巫子など誰も認めない!
近くにいるレナントの騎士達に向け、背から黒いムチ状の触手を伸ばし、ビュッと黒い澱の塊を飛ばした。
だが、飛ばした瞬間リリスが手を振り上げ、それは火に焼かれてあっさり蒸発する。
「何をしている」
怒りに燃えるリリスの低い声と共に、触手の先から根元まで火に焼かれ、激しい痛みをもたらして悪霊が悲鳴を上げた。
『 グガアアアアッ!! 』
「何をしているのです。よそ見をするな、我が目を見よ。お前の相手は私であろう!!」
バッとリリスが火のついた手を振り下ろすと、首から生えた顔の半分がそぎ落とされ蒸発した。
『 グアッ!ク……クソッ 』
黒い犬が反射的に村人に向かって飛び上がろうとした瞬間、踏ん張る前足が切断されドサリと突っ伏す。
『 ガッ!! 』
鹿と戦った時とは全く違う強さに、黒い顔が愕然と見る。
『 な、ナンダ?何だ?お前、オマエハ…… 』
「お前が抱える古の指輪は、もう私に必要は無い。
だが、あれは先代の指輪。疾く、返して頂く。
汝、災厄の根源であった者よ 」
怒りに燃えるリリスのグレーの瞳が次第に赤く色が変わり、両目とも火が灯ったように赤く輝いて行く。
赤い髪が、チラチラと光を放ち、ボッ!と燃え上がった。
『 ヒイッ! 』
犬の首から出ていた顔が恐れを成して引っ込み、犬はどす黒く、黒い澱を身体中の毛穴から流しながら、黒い澱が切られた前足の形をかたどって行く。
それは、黒い鹿で見た物と同じだった。
『 ガアアアアアアッッギャンッ!ギャイーーン!!! 』
犬は悲鳴にもにた咆哮を上げ、リリスに飛びかかった。
「 汝、迷える者よ去れ 」
リリスは何故か、犬に向かって両手を広げる。
膨れ上がった真っ黒な野良犬が襲いかかった瞬間、彼の身体はまぶしいほどに輝き閃光を放つ。
一瞬で野良犬の身体から呪いの黒い澱を焼き付くし、犬は姿を取り戻すと煙を上げてそのままバサリとリリスの手の中に落ちた。
「 …… ッと 』
犬の重さに後ろにふらつく身体を、ホムラが支える。
燃える髪のリリスが、野良犬を抱いてうつむき目を閉じた。
「い、一体……どうなったんだ?」
ブルースが、背後から恐る恐る声をかける。
リリスがクルリと振り向き、ニッコリ笑った。
「まだ、呪われてすぐのようでしたので、息があります。
大丈夫、助かりますよ」
横からホムラがその犬を受け取る。
意識を失っていた犬は、目を開くと滑り落ちるように彼の手から降り、よろよろしながら立ち上がった。
「ほら、影響はあまりないと思います」
「いや、そうじゃなくて…………その髪!えっ?目が色違いじゃ……」
「ああ、燃えちゃってますね。その内消えますよ」
彼はしゃがみ込み、ボンヤリする犬の頭を優しく撫でた。
「よしよし、お前もとんだ災難でしたね。
随分痩せて……ご飯、何かあげましょう。ここに住んでもいいのですよ。
きっと皆可愛がってくれるでしょう。
ほら、どっかで遊んでる犬さんも、きっと一緒に遊んでくれますよ」
「わんわん、ごはん!連れ、てく!」
呼ばれてどこからか、犬さんが駆けてくる。
ふらつく野良の後ろから、ずいっと頭を腹の下に入れると、ヒョイと立ち上がって野良犬を背負った。
「なでして」
「はいはい、いい子いい子、じゃあよろしくね」
「うん!」
リリスが犬さんの頭を撫でると、嬉しそうにそのまま母屋の台所に走って行った。
恐る恐る、村人達もまた広場に出てくる。
「これは……これは……一体何が起きたのでございましょう?
巫子様、本当に、本当に、あなたは巫子様でしたのか……」
村長がリリスに訪ねる。
横からレナントの騎士が、身震いして応えた。
「こちらの巫子殿は、道中先ほどの魔物から我らを救ってくださった。
巫子殿がいなければ、我らはこうしてここにいなかったであろう」
「魔物………そんな物がこの国に?」
村人達が顔を見合わせる。
ルシリア姫が前に出て、村人達に声を上げた。
「一同、ひざまずけ!!こちらの御方々は火の巫子である!
汝ら奇跡を目にしただけでも有り難い事と心せよ!」
「は……はいっ!これ、皆早う!」
「はい」「はい!はい!なんて有り難い事じゃ」「ほんとにあの子が信じられないよ」
「ああ、なんてことだろう。まさか本当に」
小さい頃からリリスを見てきた村人が、口々に思い思いの言葉をつぶやきながら、急いでそばに集まるとひざまずいて手を合わせる。
レナントやガーラント達、騎士達も、共にひざまずいた。
姫が、リリスに片足を引いて胸に手を当て頭を下げる。
「お見事でございました。
このたびは、赤の火の巫子様のご誕生をお祝い申し上げます」
「「 おめでとうございます! 」」
マリナが、リリスの隣に歩んでくると、二人手を繋いだ。
リリスが微妙な顔で戸惑いがちに彼の顔を見る。
マリナはニッコリと、ただそれに笑って返し、スッと息を吸い、あの独特の揺らぎを持った言葉で話し始めた。
「 ここを、一時的な火の仮の居留の地とする。
村人には迷惑をかけるかも知れぬ。が、我らはまだ守護者を集めねばならぬ。
手を貸して欲しいのです 」
村長が、頭を下げたまま前に出る。
そして、更に頭を下げた。
「我らに出来ます事がありましたら何なりと。
どうぞ、巫子様方には一時も長くこの地にいらっしゃる事を望んでおります」
「 ありがとう、感謝します 」
言葉が胸の中に響き渡り、感動に涙が流れる。
村人が、手を合わせて何度も拝む。
誰もが、自分に出来る事をしようと、心に誓う。
マリナの言葉は、村に沸き起こるリスクさえも、かき消してしまうほどのパワーを持っていた。
長い、長い道のりでした。
リリスは火の巫子として目覚めました。
最初1人だった彼が、どんどん仲間を増やして行きました。
村の人々も、ようやく彼を認めてくれました。
セフィーリアの家は風の神殿のような物ですが、間借りして一部仮の火の神殿となります。
セフィーリア、ビックリです