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358、魔物と対話をはかる

黒く染まった野良犬が、牙を剥いてリリスに飛びかかる。

彼の前で美しく輝く指輪に視線を奪われていた人々は、突然のことに身動きできなかった。


「  リリ……!!  」


「キャアッ! 」「なんだ?! 」


思わず村人が立ち上がり、騎士達は剣に手が行く。

瞬時に神官達は二手に分かれ、ゴウカとエリンがマリナを下がらせる。

彼の後ろに控えていたグレンとホムラが一瞬でリリスの前に出て、ホムラが顔の前垂れを上げ、黒い犬に向け口から火を放った。

だが、犬の痩せた姿からは考えられない俊敏さでそれを避け、グレンの気を込めて振った刀さえも背から伸ばした1本のムチで叩き落とすと更に飛び上がる。


『 ガアアアアアア!! 』


迫る犬の牙に身じろぎ1つすることなく、リリスがその姿を燃えるような赤い瞳で冷たく見つめ、一声放った。



「   寄るな   」




『 グギャッ! 』



宙に浮く指輪の前で、まるで壁にでもぶち当たったようにその犬ははじかれて地に落ち、もんどり打って2,3回ゴロゴロと転がった。

犬は横倒しのまま、苦しそうにビクビクと身体を震わせ、皮膚の下で何かがうごめいている。

ホムラがとっさに腰から剣を抜き、その首を落とそうと振り上げた。


「お待ちを! 」


だが、サッとリリスがそれを制する。

ホムラが動きを止めたまま、リリスに向かって叫んだ。


「赤様! しかし! 」


「良い、下がって下さい。村の方達の保護を」


「承知しております。ですがおそばに控えさせて下さい」


「承知しました。私はこの黒い物と話がしたいのです」


「話を? 出来ましょうか? 」


「試す価値はあります」


致し方ないと、ホムラとグレンが顔を合わせ、頭を下げて数歩下がる。

リリスはじっと、その犬の変化を見つめていた。


「ギャウンッ! 」


一声上げて、犬はメキメキと身体が黒い澱で満たされ風船のように膨らんでゆく。


「な! なんだこの犬は! 」


「もっと下がって! 下がれ! 早う! 」


その、様子を知るレナントの騎士や戦士達が、急いで村人を下げて剣を抜く。

マリナの前には、ゴウカとエリンが両脇に立ち臨戦態勢を取った。


「赤、僕は下がるよ。何しろ僕は戦えないからね」


「はい、お任せを。

私の初めての神事には邪魔が入ってしまいました」


ククッとマリナが意地悪そうに笑う。


「赤は人気者だね」


「わあ、ひどい。魔物はご遠慮します。

エリン様、ゴウカ様、青を頼みます。

ここは敵を知る私がお相手致しましょう」


「は、承知致しました」


フフッと笑ってマリナが館の方へ下がって行く。

神官達が目配せて、彼にはグレンとゴウカが守りについた。


村人達は、一様にここにいて大丈夫なのかと見回している。

エリンが人間の視線を感じたのか仮面を付け、少し心配そうにゴウカにつぶやいた。


「大丈夫でしょうか?鹿についた魔物にはかなり苦戦されたのですが」


「鹿?ですか?」


ゴウカはまだリリスが何と戦ったのかを知らないのだろう。

だが彼の前で、マリナが背を向けたままククッと笑った。


「君が赤を心配するとか笑っちゃうね」


ハッとエリンがひるんで、握った手が震える。

まるで、初めて会った彼に初見で無能と突きつけられた気がした。


「も…… うしわけ…… 」


後ろ手に、くいっと彼のシャツをマリナが掴む。


「抱っこして」


「は、失礼します」


エリンが彼の足をすくって抱き上げると、マリナが緊張する彼の身体に身をまかせてささやいた。


「お前も神官なれば、巫子の力を信じよ。出来ると信じよ。それが力となる。

お前はすでに火の眷族。巫子を危ぶむ言葉など発してはならぬ」


ハッとして、エリンが小さくうなずく。

マリナが右手で彼の背に手を当て、目を閉じた。


「 ……そうか、石がまだ火を起こしていない。

それでお前は自分に自信が無いのだな?

それが巡り巡って周りを信用出来ず、言葉に出るのだ。

お前の力が使えぬのは、お前の身体の火打ち石が鳴ってないからだ。

洗礼を受けるとお前の身体は変化するだろう。

安心せよ、汝を火打ち石は認めたのだ。火の神官の資質をすでに持っている」


「 …………は 」


初めて会った青の巫子は、そう言うとエリンの頭をポンポンと撫でる。

思わず仮面の中で視線を動かし顔を見ると、彼はするんと仮面を取ってしまった。


「良き顔よ、オキビ、これからよろしく頼むぞ」


ウフフと青く輝く白金の不思議な色の髪と青く燃えるような瞳の色をしたマリナが、神々しく笑いかけて片手しかない手の中で珍しそうに仮面を弄ぶ。


まだ自己紹介もしていないのに、何もかもわかってしまわれる。

この方が、もう1人の火の巫子……


「もったいなきお言葉」


エリンが小さく頭を下げ、マリナの腕がない袖を手に取り、額に当てた。







ホムラとグレンがリリスの両側に控える。

まだらに黒かった犬は全身がどす黒く変わり、ボコボコと皮下で黒い澱が増殖する。


「あれは、あの黒い鹿とよく似ておりますが!」


離れた場所からレナントの騎士が大声でリリスに問う。

リリスは落ち着いて返した。


「下がっていてください。大丈夫、ここには巫子がそろっております」



『 大丈夫ダト?! 戯レ言ヲ ! 』



犬は足をブルブル震わせてゆっくりと起き上がり、そしてムクムクと膨れ上がった身体で口から、目から、鼻から黒い澱をボタボタとこぼし、苦痛に歪む顔の首の横からボコリともう一つ真っ黒い顔が現れた。



『 ユルサヌ!! ナニガ赤ノ巫子ダ! コノ詐欺師風情ガッ!! 』



リリスが小さく息を吐く。

驚くほど、心が落ち着いている。

それよりも、実際にこの悪霊の言葉を聞いて、胸の内に怒りがふつと沸き起こるのを感じる。


「下賤とはどちらでしょう。その(ほう)、ここをご存じか?

ここは風の精霊女王、セフィーリア様がお住まいになる聖なる場所。

生きるものを汚して(けがして)操り、私欲の為に他者を苦しめる者の来る場所では無い。

この地を汚す(けがす)な、無礼者」


立ち上がった犬はリリスの背より高くなり、皮膚が裂けてはドロリと黒い澱が流れてムチ状になる。


『 無礼ハドチラダ! 無礼者メ!! 』


宙に浮いた指輪をムチが跳ね飛ばそうとして触れると一瞬でムチは灰となって消え失せる。


『 ヒッ 』


思いがけない事に、黒い顔は驚きを隠せなかった。


黒い鹿を侵していた黒い澱。

その正体が何かわからない状況で、向こうから来てくれたのはリリスにとってはいい機会です。

しかも、彼は指輪を手にして自信がつき、どれほどの力があるのか試したい気持ちがバリバリMAXです。

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