357、赤と青の魂は、あるべき身体へ
思い起こせば、村人からは幼少の頃から「悪魔っ子」と言われて忌み嫌われてきた。
嫌われるのにも慣れきって、村に下ると、どんなに暑くてもフードをかぶって隠れるように、それが普通に歩いていた。
嫌われるのも、コソコソ端っこを歩くのも、時に石を投げられても、彼には当たり前だった。
それが、今、こうして皆自分に向けて頭を下げている。
リリスはすっかりパニックで、何をどうしていいのかわからず、思わず膝を折るとその場に手をついてしまった。
「え、え、えと、あの、ですね。
皆様のお手を煩わせ申し訳ありません。
えーと、無事に帰らせて頂きました。
どうぞ、どうぞ今後ともよろしゅうお願い致します」
ビックリしすぎて、思わずその場に土下座する。
「 えっ? えっ? えーーーーーーー!! 」
ガーラント達がまたかと驚き、その場にいた村人全員が水をかぶったように冷や汗をかいた。
「ちょ、ちょ、何なさっているんですか!
あなた様は巫子なんですから、そんな事しちゃ駄目なんですよ!」
泡食ったようにミランやエリンが立たせようと飛びついて、焦ったホムラが思わず人型に戻って飛びつく。
慌てて彼を立たせようと抱き上げて、神官達はバタバタ彼を後ろに隠した。
「え、だって、僕は、だって……ちゃんとお礼を言わないと。」
「お礼とか良いのです! こう言う時は、皆にねぎらいのお言葉を返すだけで。」
「え? ねぎらいって何ですか? え? すいません、すいません、僕がみんな悪いんです。」
「悪くないんですってば! 」
「赤様、こう言う時はもっと威厳を」「赤様、膝を軽々しく付いてはなりませんと。」
バタバタとそれぞれが彼に言い聞かせていると、館の方から元気な声が上がった。
「あはははははは! 相変わらずだね、リリ!
その姿はうなずけないが、やっぱり僕のリリだ、全然変わらない」
自然に人が避けて、頭を下げる。
「イネス様! 」
地の巫子イネスが、静かに歩み寄ると手を差し出し腕を握る。
そして、引き寄せギュッと彼を抱きしめた。
「ああ…… 本当に、お久しぶりでございます」
「良かった、無事で良かったよ! 」
「イネス様、水の世界でいきなり消えて…… 申し訳ありません」
「お帰り、リリ」
静かに、いつものようにギュッと抱きしめてくれる。
気持ちがスッと落ち着いて、イネスに身を預けると、ほうっと息を吐いた。
「ただいま、戻りました」
「よしっ! 」
パッと離れて、彼の肩を抱き後ろを振り向く。
そして、リリスの姿のマリナを指さした。
「お前! さっさと身体を元に戻せ。これじゃあ落ち着かないんだ。
おい、そこのマリマリ! 」
呼ばれてマリナが歩んでくる。
ヒョイと肩を上げ、酷いなあとぼやいた。
「感動の再会を先に譲ってあげたのに、マリマリって何だよ地の巫子」
リリスの姿のマリナがハアッとため息付いて、リリスの方に歩んで行く。
鏡を見ているように、自分の姿がそこにある。
でも、あれはリリスだ。
やっと、やっと、会える半身。
一歩、一歩、次第に早く歩み、そして、駆けて、飛びついた。
リリスが、彼の身体をギュッと抱き、頬を寄せる。
ずっと、レナントを旅立ったあと、彼の気配が消えて案じていた。
まさか、まさか、いや、それはない、無いはずだと、情報の無い中で心配したのだ。
彼が目覚めて、ようやく黄泉で修行していたのだと、かすかに繋がった心の線で感じた。
「メイス、メイスなんだろう? ああ、良かった、良かった!修行を終えたんだね」
「リリ…… ごめん、私は、いっぱい君に謝らなきゃ…… 」
マリナの目に、涙があふれてきた。
リリスが、顔を離して見つめると、ホッと笑ってその涙を指で拭う。
「フフッ、自分の顔が泣いてる。何だか変な気分」
リリスがそう言って笑うと、マリナがプウッとむくれる。
「もう! 私は何百年ぶりなんだよ?
さあ、手を合わせて。指輪の手を、僕の腕輪の手に」
2人、向かい合って手を合わせる。
メイスの言葉に合わせて、リリスも言葉を綴った。
「わが魂、あるべき場所に帰れ」
「共に手を携え、日と火の巫子は1つになり」
「現世の身を移し、移され、それぞれの役目を果たす」
「赤の巫子は赤の身体へ」
「青の巫子は青の身体へ」
「「 戻れ、神器と共に 」」
ふわりと2人の身体から、透けた身体が抜けて、それぞれが入れ替わった。
その瞬間、マリナの髪の輝きが赤から青に変わり、リリスの身体がボウと見えない炎に一瞬包まれる。
ハッとリリスがマリナを見る。
マリナはゆっくり瞬きして、彼に無言で返答した。
いつの間にか入れ替わった互いの腕輪と指輪が輝いて、キン、キンと高い音で共鳴を始める。
リリスが、右手にある指輪を、ただじっと見つめていた。
指輪と腕輪は激しく共鳴し、そしてまぶしいほどに光り輝く。
「これは? 」
「なんだ?? 」
人々の視線が集中し、村人はこぞって近くまで寄ってくる。
「赤の巫子よ! 皆の前で、今こそ指輪の洗礼を! 」
マリナが、そう叫んで胸に手を当て、一歩下がりひざまずく。
何が始まるのかわからず村人が立ち尽くしていると、ルシリア姫が前に出て声を上げた。
「皆ひざまずけ! そして、巫子の誕生を見守るのだ! 」
おお……
どよめきが走り、その場の全員がひざまずいた。
「洗礼は…… いえ、これは神事になるのですね」
「そうだよ、赤の巫子。ここに、君の誕生を民に見せるんだ」
リリスはマリナにうなずいて、少し戸惑いがちに、そして指輪を外すと天に掲げる。
そして、声高らかに叫んだ。
「天に輝く日の神よ! 神の使いはここにあり! 」
雲に隠れていた太陽が顔を出し、サッと光がリリスを照らした。
その時、1人のレナントの騎士の上着の裾からポタリと落ちた一滴の黒い澱が、素早く地を這い草むらの斜面を下ると、丘へと続く道にいた野良犬にスッと吸い込まれた。
「キャンッ」
野良犬は一声悲鳴を上げるとよろよろとその場でふらつき、突然歯を剥いて顔を上げる。
黒いよだれを吐き、歯をむき出しにして痩せた犬からは思いつかないほどのスピードで一気に丘へと走り始めた。
『 ユル…… サヌ ユル…… サヌ 』
館に着くと、足を止めること無く人々がひざまずく背後から、その背を駆け上がりリリスに向かって大きく口を開ける。
皆、彼のこれから始まる儀式に目を奪われ、1人立っていたリリスだけがその犬に目を向けた。
『 ユルサヌ !! ユルサヌ !! ガアアアッ!! 』
大きく口を開き、リリスを狙って牙を剥く。
それは思い出したくもない、黒い鹿と同等の悪意の塊だった。
たった一滴が、爆発的に増殖して野良犬を蝕んでいきます。
ランドレールは、その黒い澱のあるところ、自由に移動できるのか、それとも彼の身体の一部なのか、おとなしかった悪霊が、人の魂を食って力を付け、思うように動き出しました。




