355、地龍から聞く城のこと
「宣戦布告とは、穏やかではありませんね」
ふと、横からエリンが顔を上げる。
「ええ、青が言っちゃったのです。
お城に向かって、災厄は魔物のせいで火には一切落ち度はない、巫子を殺した過去の王子が悪いのだと。
代々の火の巫子を殺したこと、ぜーんぶ赤の巫子に罪をなすりつけたこと、許せぬと。
だから王家は火の神と火の巫子にかしずいて謝れって。
私はその時、あれの声が聞こえていましたから、もう、意識はもうろうとしてるのに、卒倒しそうでした」
「なるほど青様が……、 あの時そのような事が」
うなずくホムラに、エリンが首を傾げる。
「え?いつのお話しでしょうか?」
「そなたが寝ている間の話だ。お二人の会話が皆に聞こえてしまった。
赤様が止めようとなさったのだが、それがそのような事とは我らも知らぬ。
だが、青様が外からお力で声を拡散なされたならば、城下全域の者が聞いたのだろう。
さて、青様は今ごろどうなさっているのか、捕らえられていらっしゃればお助けせねばならん」
「いえ、大丈夫のようです。私の心には、飄々とした青の心の内しか見えません。
ただ、城内がどうなっているかは心配ですね」
そこでもう一つ、シオンの姿の地龍が言いにくそうに口を開く。
「実は先ほど感じたことですが、レスラカーン様が城を脱出されたようです。
果たしてどこへ行くのか……、 もしやそちらの館へ向かうのではと」
「レスラカーン様が??
いけません、これは色々ありすぎて頭が追いつきません。どうしてそのような事に? 」
問われても答える事が出来ず、シオンはひたすら頭を下げた。
「この事態、我が領域でありながらそれを許した咎は後々この身で負いましょう。
魔導師どもの尻も叩いたのですが、何しろ城は古からの約定で縛られています故、王族の許し無くては何も手出しできない状況。どうかおわかり頂きたく」
「わかります。城におりますと、それをひしひしと感じておりました。
館にお見えになりましたら、詳しくお話も聞けることでしょう。
まずは帰って身体を交換しなくては。
今の体調であれば、青なら自力で回復するでしょう」
胸に手を当て、小さくうなずく。
「では、この子は地の者との連絡用に同行させますので。
どうぞ見知り置きを」
そう言うと、シオンがまた小さな白蛇になってリリスの足首に巻き付く。
「それは助かります。
では、ホムラ様、家までよろしくお願いしますね?」
「承知致しました。
そなたは赤様が落ちないように、補佐を頼む」
エリンに頼むホムラに、リリスがギュッと腕を引いた。
「駄目ですよ、エリン様はもうオキビ様なのですから、ちゃんとオキビって呼んで下さいね! 」
と、言われてもまだエリンに神官の気配は薄い。
「は、しかし、まだオキビの儀式が終わっておりませんので、まだエリン殿でございます」
リリスの手をそっと離し、両手で握って額にあてる。
神官への気遣いなど、無用のことだ。
「リリス様…… 赤様、まだエリンと呼んで下さい。
先日、私はあの状況でも一切のお力を発揮できませんでした。
それに、何をどうすれば良いのかも浮かばないのです。
今はただ、受け継いでいるのは記憶のみでございます」
「儀式…… たったそれだけなのに…… 」
「儀式を経なければ、巫子と守は繋がりが浅く、同化した火打ち石にも火が灯りませぬ。
エリン殿が何も出来なかったというのは、それが原因かと」
ああ…… 何だか、とても残念な気がする。
でも、本人の気持ちがまだ受け入れられないのかもしれない。
「わかりました。では、これまで通り、私もエリン様とお呼びします」
「いえ、様はいらないのですが」
申し訳なさそうにエリンが言うが、これは、これだけは〜〜〜
「まだ無理」
大きくため息を漏らす。
「ですか〜、頑張って、どうかその内はずしてくださいませ」
「どっ…… りょくっ、します」
ふううう…… 思わず顔を背けた。
「じゃっ、乗れ」
意気揚々と、犬さんがリリスの足の間から無理矢理顔を出す。
ハッとホムラが、慌ててリリスの身体をヒョイと抱き上げた。
「汝はまだ信用できぬ! 空を飛ぶなどとんでもござらん!
さ、私の背へ」
「わんわんわん! 乗るの! 」
「駄目だ! お前は先に帰れ! 」
ギリギリ、犬さんとホムラがにらみ合う。
その内、犬さんの身体がムクムクと大きくなり、ボッと火をまとった。
「えと、犬さん、先に帰って、私が帰りますと、お伝え願えますか?」
パッと犬が、大きくうなずいた。
「わかった! わんわん! なら先に行く! 」
言うなり、ぴょーんと道を走り出した。
リリスが胸を押さえて何だか苦しそうに眉根を寄せる。
「ううっ、純粋な犬さんを、何かだましてるようで心苦しいのですが」
「致し方ございませぬ。あの犬の正体がはっきりしませぬ故」
「では、皆様。 帰りましょう! 」
「 はっ! 」 「 承知! 」
ホムラがグルクの姿になり、その背にエリンがリリスを乗せて後ろに乗ると、二人の腰を紐で繋ぐ。
「エリン様のポケットはなんでも入っているんですね」
「ええ、身体中物入れが隠れているんですよ。
でも、先日魔物と戦ったことで、すっかり減ってしまいましたが。
風の御館の薬剤倉庫を見せて頂こうかと」
「いいですよ、でも、薬ばかりでお役に立つかどうかわかりませんが」
「はい、構いません。ホムラ殿、準備できました」
「よし、では! 参ります! 」
バッと、ホムラが飛び立つ。
「わっ! 久しぶりの空ですね。ああ、やっぱり気持ちいい!
ほら、関にあんなにいっぱい人が、皆さん困っているのでしょうね。
気の毒なことをしてしまいました」
眼下の一本道に出来た関では、人々が行列を作って関の通過を待っている。
すべて、自分たちを捕らえる為だったのだろうと思えば、徒労に終わったと言わざるを得ない。
これもあの宰相の指示だったのだろう。
ザレルが振り回され、苦労しているのではないかと案じてため息が出た。
リリスが黒い鹿退治に行った後、めまぐるしく色々のことが起きているのでまとめた感じです。
アデルが魔物の前に出なかったのは、地の巫子が関わるのを良しとしなかったのと、自分まで操られたら終わりだと思ったのかも知れません。
まるで伝染病のようで厄介な悪霊です。




