353、犬さんと再会!
リリスたちレナント一行は、ようやく城下の町ルラン近くのリリスが住む村の近くまで来ていた。
が、マリナの布告で対抗して王家が敷かせた関が、街道には点々とあるようだ。
マリナが城下にいることを知っているのに関を敷くのは、マリナの身体がまだ旅の途中だと知っている悪霊が、誰かを使って入れ知恵したのに違いない。
すでに悪霊が上の人間の誰かを操っているのは明白だ。
途中で会った旅人が、関で随分時間を取られたとぼやいていた。
一行は森の中に隠れたまま、ホムラがリリスに頼まれ、鳥になって様子を見に空へ飛び立つ。
しばらくしてホムラが帰ってくると、彼は町の入り口と村の周囲が特に関が多いと伝える。
マズい状況に、このままでは姫はこちらへどうぞと、城に直行せねばならない状況も考えられる。
マリナは捕らえられたら終わりだ。
「私と神官達は先に空から……と言うのではダメでしょうか?」
リリスがそう聞くと、案の定、姫が鬼の形相で、私はあなたの護衛に来たのであって、それは絶対許せぬ!とか吠えた。
ああ、王族怖い……
リリスは引っ込んで馬車の中で横になり、結論を待つことにする。
しかし、姫達の話し合いは、村人に変装するか、どこか回り道で山から忍び込むかと答えが出ない。
少々困っていると、突然一匹の貧相な犬が走ってきた。
「バフ!バフ!わんわん!おーい!おーい!」
なんか鳴き方が変なイヌだ。
「犬さんだ!!」
だが、その声を聞いて、リリスがバタバタ御者台から顔を見せた。
「犬さん!わあ!お久しぶりです!」
その犬は、地下道で会って、それからリリスについてきた1本角の犬だ。
地上に来たら角を引っ込め、普通の痩せこけた灰色の野良犬のような姿で、まるで犬のものまねをしているようだ。
「わんわん!わーーい!」
犬はぴょーんと飛び上がり、御者台から馬車に飛び込んでリリスに飛びついてきた。
ベロベロリリスの顔を舐めて、髪がビチャビヤになるまで舐め、がうがうと勢い余って頭に噛みつく。
「赤様!い、痛くはないのでしょうか?」
ニコニコ笑ってるリリスに、エリンは払っていいものか戸惑う。
「あーなんか、この子に噛まれると、なんか悪い気が吸い取られて気持ちいい〜んですよねえ」
「はっはっ、なんか、ダメの、食べた」
「ああ!ありがとうございます。気分が良くなりました」
リリスが犬をギュッと抱きしめる。
犬が興奮したようにハアハア舌を出すと、身体がムクムクと大きな1本角の狼のような獣に変貌し、身体にボッと火がつきキャアッとカナンが悲鳴を上げた。
「ああ!犬さん、火は納めて、元の姿に戻って下さい。
カナンさんは火が苦手なのです」
「うん、わかった。なでして」
「はいはい、なでなでしてあげます」
もとの貧相な犬に変わり、リリスが抱っこしてなでなでする。
うるうるると喉を鳴らし、ふと顔を上げた。
「なに、してる?早、おうち、行こう」
「家の途中でいっぱい兵隊さんがいるので、調べられたら困るなあって言ってるんですよ」
犬がぐるんと首を回し、真後ろの外を見る。
白蛇のシオンと目を合わせると、ぐるんと回して、一回転した。
「きゃあ!ま、魔物じゃないのですか?!」
またカナンが悲鳴を上げて、リリスが滝汗でニッコリカナンに笑う。
「えと、えと、この子は形があるようで無いような感じで〜、えとえと」
「わかった!!道、つくる!」
リリスの手から降りて、傍らにいた白蛇のシオンをポンと鼻先で拾い上げ、頭に乗せる。
そして、ぴょん、ぴょーんと飛び跳ねて、外へ飛び出した。
「何だ?この犬は」
「巫子殿の犬で?」
怪訝な兵達に、リリスがエリンと外へ出てきてこくんとうなずく。
「なにやら、道を作ると申しております」
「道を??」
犬はブルブルッと身震いして、クルリとリリスを向く。
白蛇のシオンは、まるで首輪のように首に巻き付いていた。
「待ってる、地龍、話し、つける」
「地龍…? 地龍!!ですって??!!ダメよっ!」
いきなり姫が顔色を変えた。
が、犬はズズズッと足下から吸い込まれるように地面に消えて行く。
「あああああああ!!待って!待って!あいつ以外の地龍にしてええ!!」
慌てて手を伸ばす姫だったが、犬の姿はすでに地面に消えてしまった。
「あああーーーー、行っちゃった。行ってしまっちゃったわ。
こっ、んなことになるなんて!くっ!」
いきなり取り乱す姫に、兵の1人が声をかける。
「地龍がどうなすったんで?」
ギクッと身を起こすと、すくっと何でも無いように立ち上がった。
「ホホホ、何でも無いわ」
「姫様、顔が引きつってますぜ?」
「おだまりっ!」
バシッと、彼女らしくもなく兵の肩を叩く。
何かあまり良い記憶が無いのであろう事は良くわかる。
周りが素知らぬふりで姫から視線を外して気を利かせたが、何故か次には姫は大きくため息を付いて、なんだかガッカリ肩を落とす。
「何があったか存じませぬが、今は他に手がありません。
待てというのですから待ちましょう」
リリスが彼女の手を引き、一緒に近くの木に座った。
兵達がホッと頭を下げる。
「そうね、私がガマンすればいいのだわ。何か手があればいいのだけれど」
「きっとありますよ。あの子は地龍の中で出会った守なのです」
言われて、姫がリリスをのぞき込む。
「そう……じゃあ……少なくともあの貧相な犬は信用できるわね。
……で、あれはなんですの?」
「さあ……私にも良くわからないのです。
でも、大切なお友達です。信頼できます」
「ふうん……あなたは見かけで本当に判断されないのね。
マリナ様が仰っていらした通りなのだわ」
「あれ?マリナとお話しされたのですね?
うふふ、彼は私の事をなんと言ってました?」
「そうね、お人好しの馬鹿って、言ってらしたわ。ごめんなさい」
「わぁ、ひどい」
クスッと姫が笑うと、リリスが一緒にクスクス笑う。
「私も、失礼ながらそう思います。
見境無く敵に飛び込むのはいかがかと思いますよ?」
カナンが、白湯を沸かして姫とリリスに椀に入れて勧める。
リリスがそれを手に取り、笑って応えた。
「みんなひどいなー、時に馬鹿は最強の魔法ですよ?」
フウフウして、白湯を一口飲む。
「ほどほどになさって頂きたく存じますが、あなた様には何を言っても無駄に思えます」
ホムラが、横でため息交じりにつぶやいた。
リリスもそろそろ犬さんに名前を付ければいいのにと思うのですが、何故か犬さんでしっくりきているんですよねえ。きっと正体不明すぎて、名前が浮かばないのだと思います。




