350、父親では無い父の姿
翌日、レスラカーンが部屋にいると、ノックが鳴って1人の使いが気の毒そうに頭を下げる。
ドアを閉め、ライアが長椅子に座るレスラカーンのそばに行くとひざまずき、彼の膝の上に置いた手を握り声を潜めた。
「やはり、駄目です。会って頂けません。
王はお忙しくても、王妃であればと思ったのですが。
父君の、命が回っているのかもしれません。
ルーク殿のあの話もありますし」
「きっと……あれは、もう、父じゃ無い」
レスラカーンがつぶやく。
ルークからは、ここを脱出する手はずを整えると手紙をもらっている。
ライアもその方が良いと思う。
目の見えない主を、自分1人で守り切るかわからない。
もし魔物に命を狙われるのであれば、魔導師で無ければ彼の身は守れない。
食事もすべて下男に毒味をさせ、寝る時は同じ部屋で眠るようにした。
だが、ライアの神経が休まる時が無い。
彼の緊張がどこまで続くか、今は時間との闘いのように思う。
「せめて誰か、信用の出来る者がいれば。
私だけではレスラ様をお守りできるかわかりませぬ」
「弱気なことを、ライア。
………ライア………………
私に……何かあったら逃げよ。あの、父さえ負けたのだ。
私には毒されようと抗えないだろう。
様子が変わったらうち捨てて逃げよ。
切っても良い。いや、切ってくれ、魔物に利用されるなら死んだ方がましだ。
そして巫子にこの事実を伝えるのだ」
「ご冗談を、レスラカーン様。
あなたが死ぬ時は私も死ぬ時です。
私はあなたの死体さえも魔物に渡す気はございませぬ」
「共に死ぬことは無い。
父が魔物に乗っ取られたら、我らの命など木の葉より軽い。
お前は逃げて誰かに知らせてくれればそれで良いのだ。
私は父がいなければ、何も力を持たぬ。
もう、失脚したも同じだ」
うつむくレスラに、ライアがギュッと手を握る。
「お守りします。この命かけて」
コンコンコン
ドアが鳴って、ビクンと2人が顔を上げた。
ギュッと服を握るレスラカーンが顔を上げて首を振る。
彼のカンは良く当たる。恐らく父親の宰相だろう。
どんな顔をしてくるのかと考えると恐ろしい。
レスラカーンの手が震える。
たった1人の肉親が、どんな目に遭ったかなんて考えたくない。
しかも、魔物に利用されて普通の顔で会いに来たなんて、信じたくない事で隙を生んでしまうような気がする。
怖い、怖い、怖い。
「会いたく……ない」
「会わねば余計警戒させます。今は日中なので兵の目があります」
トントン、トントン
ノックがまた鳴った。
ため息を付いて頭を抱え、目を閉じる。
首から下げた小さな袋を握りしめた。
それには、母の形見の大きな真珠の粒が入っている。
以前は杖の頭に入れていたが、塔の崩落で失いそうになって袋に入れて首から下げた。
母上、母上様。どうかお力を。
レスラを、父様をお守りください。
顔も覚えていない母から、力をもらったような気がして顔を上げる。
「わかった。父が、本当に変わったのかどうなのか、見極めねばならない」
「承知しました。ですが、できるだけ距離を取るようにします」
「まかせる」
ライアがうなずき、ドアへ向かう。
ドアを開くと、宰相の側近、シャールの見慣れた顔が見えた。
「おお、レスラカーン様、お父上様がお見えです。
ライア、何故すぐに出ないのだ。お待たせするなど怠慢だぞ」
「申し訳ありません、レスラカーン様のお支度が済んでいなかった物ですから」
チラリと視線を宰相に向ける。
宰相はいつもの厳格さでライアと視線を合わせた。
「日も高いのに支度も済ませていないとは。弛んでいるな、入るぞ」
「は、申し訳ございません」
側近を置いて1人部屋に入ってくる、いつもと変わらない宰相に、昨日のことは勘違いか何かかと思う。
だが、いつもなら下がるライアはレスラカーンのそばに立った。
「レスラカーン、いかがした。
いつものように父に挨拶もしてくれぬのか?」
近くまで歩んでくると、向かいの1人掛けの椅子に腰掛ける。
それだけで、レスラは顔を上げククッと笑った。
父はいつも、自分の隣に座って肩を抱いたり手を握ってくれる。
自分の存在で安心させるように、不安を与えないように、気づかってくれる。
そんな事など普段の厳格で恐れられる父の姿からは、他人は想像も出来ないだろう。
それはこの年でも変わらない、息子の自分が苦笑するほどの愛情なのだ。
怒られる時だって、手を握って、いつだって優しく諭すように……
その、父が。こんな魔物に!
「返すが良い、我が父を。
誰か知らぬが父の皮を被って、側近をだませても肉親はだませぬ。
お前は誰だ?」
レスラの厳しい言葉に、ライアが驚いて剣に手を置き彼の前に立つ。
宰相は、ため息交じりに足を組み、肘掛けに右肘をつき、不敵に頬杖をついた。
「クク、何を言う。気でも狂うたか?
ライア、私に剣を向けるのか?無礼な、下がれ」
この部屋で見た事もない、宰相のふてぶてしい態度に、ライアもくっと笑った。
「なんとわかりやすい偽物か、お前に我が主の親子の絆の深さなどわからぬであろう。
何しに来た」
じろり、宰相がけだるく視線を向ける。
この部屋に、椅子はレスラの座る長椅子と、この肘掛けの椅子の2客しか無い。
あとはテーブルくらいだ。
荷物は少なく、目の見えない主を案じてなのか、そう決めているのか、とても綺麗に整頓されている。
だから自分はこの椅子にかけたのだが、どうやら違ったようだ。
「馴れ合った親子よ、気持ちが悪い」
ククッと笑う。宰相の顔と声で。
だが、レスラカーンは毅然としていた。
「何をしに来た魔物、父を返せ。
私がここで騒ぎを起こしても良いのだぞ」
「起こしたくば起こせば良い。
それで私とお前のどちらの立場がどうなるか、お前は知ることになるだろう。
私は、宰相。王弟なのだよ、レスラカーン。
ほう…………
ククッ、怒った顔も良い、良いぞ。
なんと整った顔か、女のように淑やかで華奢な姿。
お前は美しいな。
母に似たのか?王族でもすこぶる美形よ。
あの赤い髪の子と並べて飾れば良い装飾になる」
宰相が立ち上がると、レスラに手を伸ばす。
ゾッとする言葉に、レスラが思わず逃げたくなる。
だが、その前にライアが遮るように立ちはだかった。
悪霊ランドレールは、これで王子と宰相、2人の身体を手に入れたことになります。
そしてそれをバレないようにと思っていないところが最悪です。
201話のことで、すでに王妃はキアナルーサを恐れています。
王は一体どう思っているのでしょうか。
気がついているのかも今のところ不明




