347、闇に飲まれるサラカーン
キアナルーサの姿のランドレールの顔が、不気味に笑った。
サラカーンに流し込まれた悪霊の澱が、堰を切ったようにドッと彼の身体を侵食して行く。
腹の中からどす黒い物に覆われて、サラカーンの身体が引きつり、その場に倒れ込んで白目になると、ビクビク何度も痙攣した。
「おお……うおおお…………おおお…………」
「可愛そうな叔父様。
私と手を組みましょう。あの王を撃ち倒さねば、この国に先はないのです。
この国の為に。この国を救う為に。
私と1つになって、この決意を揺るがぬ物にして下さい。
そう、
そうだ、
あの玉座は私の物。
この城すべてが私の物になるはずだったのだ!
悔しや、我を焼き殺した火の指輪。
おのれ、許すまじ火の巫子、火の神、火の精霊!
殺しても殺しても生まれ来る火の巫子、どうすれば断たれるのか、この系譜。
許す物か、火の神殿など。
ああ、だから私の愛する叔父上様、どうか、この私にお力を。
その為にも、決意をお示し下さい」
ガクリと意識を失ったようなサラカーンが、ゆらりと起き上がった。
「おお、おお、おおおお……キ……アナ…………」
ゆっくりと立ち上がり、ふらりと数歩よろめいた彼を、キアナルーサが妖艶に笑って抱きつき、寝室へと手を引いて行く。
「おお……おお……レスファーナ、レスラよ……我が罪は……おおお……キアナ……キアナ……」
許しを請う彼のその心の奥底で、暗い闇の底に落ちて行くサラカーンが必死で抗う。
黒いドロドロとした物をかき分けても、ドンドン心は底なし沼に堕ちて行く。
あれは!あれは!違う!キアナルーサではない!
助けてくれ兄上!兄者!助けて!誰か!
宰相の意識の奥深くで、正常な意識が闇に埋もれながら、遠く目に映るキアナルーサだという少年の顔を見つめる。
あれは!キアナルーサではないなら、誰なんだ?!
あの子は性にうとく、愚鈍で……こんな破廉恥な事など!
美形の親にも少しも似たところがなくて、このような妖艶さなどなかった。
最近は雄々しささえ感じて、立派になったと思っていたのに!
私は、私は!何をしているのだ!
私は!誰か!あいつを!あいつを!!
レスラ!レスラ!これはもう父では無い!
私に!あいつに近寄ってはならん!レスラーーーー!!
レスラカーーーンッ!!逃げよ!逃げよおおおおお!!!
ゴブリと、サラカーンの意識が泥に飲まれ、完全に覆い尽くされる。
手を引かれる今の彼の目の前にいるのは、キアナルーサだと強烈に刷り込まれる。
だが現実のそれは、15歳のキアナルーサではなく、すでに20前後の青年に見える。
知らないはずなのに、それがキアナルーサだと刷り込まれる。
がらんどうの頭が、ドロリとした目で青年を見る。
無意識に、最後の抵抗のようにバシンとランドレールの手を払った。
サラカーンには、精一杯の最後の抵抗でしかない。
ランドレールがククククッと笑い、彼の手をそっと握る。
闇の底からの声のように、その声が不気味に彼を支配した。
「宰相よ、無駄なあがきなどやめるがいい。
さあ、この契りを持って、私たちは一心同体になるのだ。
一緒に、あの王と戦いましょう。
火の巫子など王家の敵、なのに王は敵に転んでしまった。
私たちで、この王家の盛りを存続させるのです。
あなたは1人などではない。
もう1人で苦しむことはない。
さあ、
さあ、私と一緒に
お前の精気を私に注ぎ、私をお前の一部にするのだ。
さすればお前を私の一部にしてやろう。
私の中に、私に溺れて下さいませ。さあ、叔父上様。
ああ、激しく、思うままに。叔父上のこの……」
サラリと部屋着を脱いだ裸体の青年が、サラカーンの上着を、そして服を脱がせて合わせから現れる胸に、口づけを落とす。
唇が、舌が、胸から腹へと。
グラグラと揺れていたサラカーンが、グッと青年の腕を掴み、グイと立ち上がらせ口づけを交わした。
頭の中が、黒く、暗く落ちて行く。
目の前の獲物に、獣のように激しく口づけた。
はあ、はあ、はあ、
「契りを、持って、……」
「そう、あなたと私は一心同体。
叔父上様、どうか私を抱いて、私をあなたのものにして、そして私の為に働いて下さいませ」
バサリ、バサリとサラカーンが服を脱ぎ捨て、見たことも無いはずの青年をベッドに押し倒す。
はあ はあ はあ はあ はあ
はあ はあ はあ はあ
部屋には異様な息遣いが満ちて、青年の顔が、キアナルーサとランドレールの顔が交互に写り、そして重なってランドレールへとなって行く。
それは悪霊の身体。
「クククク、さあ、私の中へ溺れよ宰相サラカーン。
私を満足させよ、すべてのお前の権力を私の為に使うのだ、私1人の為に」
サラカーンが正気を失い、その身体をまさぐると、その手がドプリと真っ黒い液体に沈んだ。
ランドレールの身体の中の、黒い澱みにドブドブと溺れていく。
青年を抱いているようで、青年の身体の中に沈み、黒い澱みの中でただ一人行為にふけっていた。
「クククク……やったぞ。見よ!魔導師どもが、この部屋は見通せまい。
王族の部屋は強い結界が敷いてある。
これは地の精霊王との契約の上で成り立つ強固なモノだ。
主の許し無くては、王家以外何人も入れない。
これは昔から変わらない契約だ。
だが、
私は死しても王族、何の障害でもないのさ。
クククク……
宰相さえ手に入れればあとはどうとでもなる。
この男は王家の刃。
兵も騎士も、隙を突いて何人もの男と契りを持った。
あの騎士長はめざとい。あの盲目の息子も同じだ、気づかれる前になんとしても殺さねば。
まずは息子だ、あの盲目の。美しい青年。
ああ、あの美しいレスラカーン、私がこの手で殺めたい。
だが、あの側近は手強い。
しかしそれも、この男を手に入れるとたやすい。たやすいことだ。
クククク、ああ、なんと言う愉悦。
これほど開放感に満ちた事など無かった。
楽しき事よ。思い通りに、すべてがやっと運び始めた。
ああ、ああ、生きた人間の心地よい熱さよ。
熱いほどの、この生気に満ちた身体。
それを汚して行く楽しみ。
我が血族よ、我が糧になれ、
女などより男が良い。この気持ち、生きている時は誰にも言えなかった。
はあ、はあ、ああ、良い、良い。
今宵は幻のような楽しみに酔いしれよう」
ズブズブと、宰相サラカーンの身体は青年に飲まれて背中しか見えていない。
その中で、サラカーンは悪霊の泥のような澱みと次第に一体化し始めていた。
魔導師が管理する城なのに、ランドレールのやり方はあまりに扇情的で若いニードには耐えられず思わず目をそらします。
でも、一件色欲を満たしているだけに見えて、彼はそれでどんどん城の人間を侵食しています。
その情報を、ニード達は知りません。
彼らは城という建物に孤立して、情報不足なのです。
だからこそ、シャラナを外へと出しました。
ただただ戦力不足です。




