339、受け入れ準備が進む
マリナの布告のあと、城下では火の巫子のうわさで持ちきりだった。
空いっぱいの青い炎に恐れおののいた者、感動した者、手を合わせた者、すべてがあの言葉を聞いている。
王家への不信感が芽生え、町を警備する兵達に問いただす者まで現れて、城下全体が騒がしい。
そして何より、その巫子だという者が風の館にいるらしいと、人々はこぞって姿を一目見ようと館のある町外れの丘を目指そうとした。
が、城からはお触れが出て、一気に兵の数が増え戒厳令が敷かれ、町の外れには一時的に関が置かれて勝手に街を出られなくなってしまっている。
風の丘がある周辺にも兵が置かれ、いちいち出入りに問いかけはあるものの特に制限はかけられず、村人は物々しさに戸惑いながら人の増えた風の館にお布施のように食料などを持っていく者が増えていた。
トントントン カンカン
館では、庭の平地に、人が休める小屋を増築している。
雇われたわけでもなく、村人が率先して手伝い、とりあえず巫子様のご依頼だと人が寝る場所を作っていた。
それはすべて、人が増える。大至急、居場所を作れとマリナの言葉を受けてブルース達が始めたことだ。
突貫工事ながら、村の空き屋を解体したりして、トンカンとあちらこちらで音が響き渡り、丘の下の村からは、村長が指揮を執りどんどん資材が運ばれて来ていた。
セフィーリアの館は、昔は弟子が多く人の出入りも多かった為、離れの宿舎に部屋数はある。
だが、皆個室で一部は里へ帰っている弟子の荷物がそのままで、使えない部屋もあって収容人数は物足りない。
元々庭には池を作り馬車がぐるりと回れるようにとアプローチを考えられていた為に無駄に広く、ザレルの良い剣の稽古場になっていた。
町の大工が立てた柱に壁を打っている大工が、様子を見に来たブルースとミランに気がつくと手を止め問いかけた。
「床板貼って雑魚寝でいいんですかい?こっちに直角に、もう一部屋少し幅を取って建てやしょう。
そうすれば、3部屋に分けて簡易ベッドが並べられますぜ。
まあ、必要なくなったら床板外してミュー馬小屋にも納屋にも出来ますし。
この辺は弟子さんが昔、風で小屋1つ吹き飛ばしたことあったんですがねえ、その後再建されなかったんですよ。
だから納屋や物入れが小さいので、丁度いいんじゃないですかねえ」
館に面して、一棟立てている小屋を、庭を囲うようにL字に建てようと大工が言ってきた。下の者は雑魚寝でと思っていたが、大工はこれだけ木が集まったらベッドも作れるという。
「そうだな、レナントから12、3来るらしいから、それが良かろうな。
ベッドは……」
「ベッドなんざ、家建てるより簡単で。後は干し草敷いてシーツは村のかみさん達が持ち寄るので心配いりませんよ。離れの奥の部屋にブランケットが沢山しまってあったそうなので、来ているかみさん達がそっちの畑の空いているところに干してまさぁ」
「あー、しかし、こう景色が変わってはリリス殿におこられるかもしれんなあ」
ぼやくブルースに、ミランが笑って肩を叩いた。
「あの方は合理的ですよ、思った以上にね。必要なら建てねばなりません。
不要になったら考えます。そう仰いそうではありませんか。
大工さん、それではそのようにお願いします」
「まかせて下さい、できるだけ坊が大事にしてる木や畑に影響がないように建ててますから。
あの子が大事にしてる草木は、巫子様が教えて下さるので」
巫子様?
2人が横の畑に目をやると、イネスが男達に叫んでいる。
「おい!男!踏むな!そこを踏んだらこの木が傷む!
おい!そこの女!それはリリが大事にしてる薬草だ!雑草じゃない!踏むな!!
俺が引いた線の上を歩けと何度言わせる!」
村人はリリスが作っている薬草畑の近くをうろうろしているので、イネスがキーキー半狂乱で叫んでいる。
ブルースが、一応彼に手を上げた。
「あー巫子様!こっちに小屋増築するんですがー……」
「なにぃっ!そっちのその木は……ああっ!くそっ!」
一目散に走ってきた。
「どこだ!どう建て増しする!?」
大工が頭を下げ、指を指す。
「こっちにこう、この木の横まで……」
「ギリじゃないか!!この木は咳に効く実を付けるんだ、今か?今からやるのか?」
「は、はあ、そのつもりで、ここに柱を……」
「待て!そこにはこの木の大事な根が張っている!
俺がこの木を少し移動させる。そっちを先に作業しろ。いいな!
サファイア!この木に少し移動してもらう!裏山の泉に行くぞ!聖水を確保する!
お前らこの木の近くで勝手に作業するなよ!
俺がリリに怒られる!」
「は、ははっ」
イネスは木桶を持ったサファイアを連れて、裏山への道を駆けていく。
何とも忙しい方だ。
大工が、ふうと息を吐いて他の者へと変更内容を紙に書く為作業台へと歩き出す。
「おいっ!お前、その木の周りを踏み固めるなと他の奴にも言えよ!
だいたい移動すると根を傷めるんだ!
実を付けなくなったら、俺がリリに怒られるんだからな!」
声が響いて、大工がキョロキョロ辺りをみる。
騎士2人が屋根の上を見ているので見上げると、イネスが館のとんがり屋根の上で、バッと裏に消えた。
「ひえええ…… 」
「やること無いって言ってたのに、急に元気になったなー、あの巫子様は」
「ま、愚痴聞いてるより千倍マシですよ。ブルース様、私たちは水くみですよ」
「へいへい、さて、今日はつくのかな、レナント組は。
リリス殿、無事ならいいんだがね。すぐに無理する御方だから」
「無事ですよ、あの神官がついているんですから。
まあ、無理するのは遠慮願いたいんですがね」
「マリナ様は、ちゃんと部屋におとなしくなさっているんですかね? 」
「まあ、グレン殿が見張っていらっしゃるから大丈夫だろうさ。
あの変な鳥は見られたらマズいから奥の薬草部屋に押し込んだから大丈夫だろう」
井戸につくと、ドボンと釣瓶を落として縄を引く。
水汲みはたいそう重い作業だが、リリスはこれを小さい頃からやって来た。
良く井戸に落ちなかった物だ。
いやな気持ちを払拭するように、ブルースがキアナ鳥のマネをした。
「ぴよぴよ、ぴよぴよ」
「あの鳥ですか?おっさんの声の鳥なんて、ホントあの巫子様の美意識は面白い」
「くっくっくっく、変なガキ」
「ガキじゃないらしいですよ、精神的には数百歳の爺さんだそうで」
「やっぱり変なガキ」
2人で笑って水汲みする。
レナントからの受け入れも進み、村人はこれまでの詫びも込めて率先して人も集まり作業の進捗も早い。
それはリリスに対して長年表面では反発しながらも、心の中では受け入れていた村人達の、本心から来る1つの愛情表現のようで心が和んだ。
味方が増えるという事は、人が増えるという事で。
木を切り出すより空き屋を解体して持って来いとは、村長さんの機転。
あれほどリリスをいじめてきた村人達ですが、鬼っ子が実は巫子でしたに仰天して、慌ててみんな総出でお手伝いです。




