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335、黄泉の世界へちょっと行く

リリスの身体が、重く、重く沈んで行く。

ふと見ると、右手に白い蛇が絡まって、どこまで落ちるのかと足下を見ていた。


ああ、君は地の精霊の子だね。


声を出そうとしても出ない。

白い蛇は、その世界を見る前にかすみのように消えて行く。

ここはどこだろうと見回しているうちに、足下がすっぽりとどこか薄暗い世界の空へと飛び出した。

ゆっくり、ゆっくり落ちて行く。

どこまでも続く砂の世界の中、遠くに川が見えて、ぽつり、ぽつりと川に向けて歩く人が見える。

下に降りて空を見上げると、夕焼けのような灯りがうっすらと広がっていた。


「あれ?ここは黄泉ですね。

私は死んだ覚えは無いんですが、どなたかお呼びになられたのかな?」


ここは黄泉、生者は火の巫子以外入り込めない世界だ。

遠くを歩く亡者を横目に、砂地を歩いて振り向く。


ここには足下にずっとどこからか風が吹き、足跡はすぐに消えてしまう。

相変わらず、どこから来たのかわからなくなるような所。

それでも、ここでの暮らし方はわかっている。


「私をお呼びになられた方の元へ」


ビュウビュウと、遠くから砂塵を巻き上げ風が巻く。

それが一瞬でそばまで来ると、リリスを飲み込んだ。

目を閉じれば、サッと風は消える。

岩陰から灯りが見えて、フィーネの…… ハープの音が聞こえた。


「踊れ踊れ! わははははは!! 」


「ヴァルケン! 貴様、わしの酒を飲むな! 」


「まあまあ、ジーナ、酒はまた汲んでくるからうるさいことを言うな」


「おっ?! おっ?! 来たぞ! 弟子じゃ! 現世の赤じゃぞ!

これは丁度良いところに来た! あれの酒は美味い! 」


「おおーーー!!! 来た来た! よし、弟子よ、まずは酒汲んでこい! 」


そう言って、真っ赤に酔ったヴァルケンが大きな砂のオケを二つ、両手にグイと押しつける。

リリスがそれを受け取り、死んだような目でため息を付いた。

酔っ払いはまこと始末が悪い。

しかも、彼らは死んでからずっと酒盛りをしているのだ。


「相変わらず…… よく飽きませんねえ。まあいいですけど」


リリスが振り向くと、砂ばかりで無かったところに川が出来る。

それは蕩々とどこからどこへ流れているのか、修行の最初は川を見つけても、どこまで行っても行き着くことが出来ず、しかも何度汲んでも水しかくめず本当に苦労した。


そっとオケを川に入れてくみ上げる。

ちょんと指に付けて舐めると酒だ。

よいしょ、よいしょと運んでヴァルケンに渡した。


「おお! 弟子の中でもお前の酒は極上物だからな。

呼び寄せたかいがあるというものよ! わははははは!! 」


「やっぱり呼んだの師ですか。

私はもうですね、もの凄っっっく疲れたから、休みたいんです。

だいたい、師は転生済んだと仰ってませんでしたっけ? 」


「おう! 済んだような気がしたんだがなあ。

早くお前達が神殿作らんから、こうやって待っているのだ」


「あーーーーーー!

そうそう、現世で青が王様にケンカ売ってしまいましたよ?

あれ吹き込んだの師ではありませんか?

私はもー、ルランに行くの、すっごく気が重いです。どーするんですか」


「わっはっはっは! そうかそうか、やってしまったか! わっはっはっは! 」


「わっはっはっはじゃないですよ、敵を作ってどうします」


大きくため息を付いて見回すと、女子供、大柄の男に小さな少年、皆酒盛りして踊って騒いでる。

これが皆代々の火の巫子だ。

いつ来ても、時を忘れて楽しそうだ。

数人の巫子になれなかった巫子が、転生を忘れて一緒に騒いでいる。

彼らはしばらくすると、思い出したように川に入っていく。

先代になるはずだった女性2人も、まだ心残りがあるのか姿が見える。

彼らは一様に、巫子になれず残念だったと口惜しそうだった。


「なんで皆様転生なさらないんです? 」


なぜか、その問いに師はクククッと笑っている。

そして、手の杯の酒をくいっと飲み干すと、ぶはーっと酒臭い息を吐いてニイッと笑った。


「我らは火になるのだ」


「火? なんの……? まさか…… 」


「おう、そのまさかだ。我らこそは、聖なる火の火種である」


「えっ?! なぜ?? どうして転生なさらないのです! 」


「馬鹿者、我ら指輪と腕輪の洗礼を受けた輪廻の巫子は輪廻の輪に加わることなど出来ぬ。

黄泉で迷う者を導き、そして代の古い者から神事に呼ばれて神殿に戻り、汚れや混沌のたまった聖なる火を再生させてその種火となるのが習わしだ。

今はのう、神事が無いから誰も呼ばれぬ。

このままではわしらの方が混沌としてしまう。飲むしかないではないか」


「じゃ、じゃあ、私の中のリリサレーン様は? 」


「リリサか、あれは我らの中でも一番若いが、責任を感じてのう。

現世に戻って、魂を削ってお前を守ってきた。

もう種火となるには魂に力が無い。

お前が指輪の洗礼を受ければ、その魂は昇華することが出来るだろう。

やっと眠ることが出来るのだ。

お前はよくよく感謝せよ」


「そんな…… 昇華するって、どういう事ですか? 師よ」


ヴァルケンが、自分の隣に手をかざす。

すると、砂が盛り上がり椅子が出来た。

黄泉は精神世界だ。

あると強く念じればそこにある。

無いと念じれば消える。


ここはそう言う世界なので、暮らすには強い精神力が必要なのだ。

例えば、椅子とテーブルが必要だと思う。

すると、椅子とテーブルを作り、それを無意識に維持しなくてはならない。


ここにいる火の巫子は、それを難なくやってのける。

いくつもの椅子を並べ、そして手に楽器を作り、杯を作る。

リリスも最初は一つにしか集中出来なかった。

今では8つまで無意識下で作れる。まだ洗礼も済んでないのに、すごいと褒められた。

ほめられた途端に崩れ落ちたけど。


ただ、ここで出来ないのは食事だけだ。

食事の代わりに酒を飲む。

酒は精神の川、1人1人の汲んだ酒で味が違う。

リリスはしかし、たとえ酒を飲んでも、それを飲む時点で酒では無い物に変えていた。

真っ白な、甘い酒もどきに。


「それ、お前も飲め、ここに来たからにはこれが唯一の食い物だ」


そう言って、杯を生みだし、椅子に座ったリリスの手に渡す。

受け取って見ると、杯には可愛いネコの顔が浮き出ている。

リリスを見ると、ニャオと一声鳴いた。

これはヴァルケンの可愛いいたずらだ。

何度かうっかり唇を噛まれたことがある。


「全く、師は相変わらずですね」


クスクス笑って、リリスが「ニャン」と言い返す。

ここには静かな時間だけが、現世とは全く違う流れで流れていた。

黄泉にはなぜか、過去の火の巫子たちがいつも酒盛りしています。

リリスは体感半年〜一年ほどをここで修行しましたが、特にそれを不思議に思いませんでした。

そう言う物なのだろうと、そして彼らも自分たちのことを語らなかったのです。

それは過去の巫子たちの心遣いです。

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