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333、精霊の国の精霊

ルシリアが寝台をデスク代わりに、また紙を取ってペンを走らせる。

彼女は美しい字で、休むこと無く一枚の紙にびっしりと字を書いてゆく。


「あなたはレナントの姫と聞く。

王都への目的は何なのかお尋ねしたい」


ホムラが、姫の背に厳しい視線を送る。


「巫子の護衛よ。でも、やることが増えたわ」


「増えた?」


「今のお言葉聞いたらね。俄然燃えるわ」


彼女の目が輝いてくる。

馬車の中には、彼女が忙しく書くペンの音が響いている。


ふと、エリンが目を開けた。


「……お言葉が……」


「あ、目が覚めたのですね。エリン様、まだ森の中ですよ。

先ほど巫子様方が会話されたのです。私たちには考えられないお力で。

水を飲んで下さい。薬が無いので、なにか力のつく物があればいいのですが」


カナンが、彼に手を貸して身を起こし、水を飲ませると、エリンが腰のベルトがあった場所に手をやる。


「あ、ベルトこちらです。汚れは水でちょっと洗ったのですが」


「ありがとう、すまない……」


エリンがかすれた弱々しい声でカナンに礼を言い、差し出すベルトを受け取った。

腹から声が出ない。ひどい倦怠感に死にかけたかと、ハッキリしない頭を一度パチンと叩く。

横に寝ているリリスに向けて、胸に手を当てる。

きっと自分は助けられた。

何度助けられると俺は一人前になれるんだろう。

情けなさに、本当に嫌になる。


ベルトの小さな皮の入れ物から木をくりぬいた筒を取り出す。

ふたを取ると、丸薬が入っていた。

震える手で、適当に取りだし口に入れて水を飲む。


「お薬ですか?」


「ミスリル用だ、人間にはキツい。無理矢理身体を元に戻すのです、寝ている暇はありません」


「まあ、今は寝ててもいいのですよ。特に今のところ異常は無いようですし」


「そう……だな。だが、巫子様の横には恐れ多い。私は外へ……」


「いいから、ここにじっとしてて下さい」


カナンが無理矢理エリンを引き倒す。

ホムラを見ると、静かにうなずく。

エリンが苦笑して目を閉じた。


「よし!書けた!アーサーは近くにいるかしら?」


姫が紙を一枚取り、幾度も折りたたんで細くして行く。そして、良しと立ち上がった。


「城へ、今のお言葉を知らせるのか?」


ホムラが片足を立て、苦々しく吐き捨てる。

返答によっては、紙を取り上げ破り捨てようと思ったのだ。

だが、彼女は無礼に対して怒りもせずにニッコリ笑った。


「私が知らせるのはレナントよ。

今の私には本城の王族は警戒するべき人々。

わたくしは、火の巫子様の為なら何でもするわ。本城の偉そうな親戚より、とにかく火の巫子」


「口では何とでも言える」


信用の無い自分に、姫がヒョイと肩を上げる。

考えるように視線を巡らせ、上げていた髪を下ろす。

そして、ふうと一息ついた。


「わかった、本心と目的を言おう。

私たち……そう、レナント領主ガルシア兄様の意向はね……

地水火風、その神殿を復興させてアトラーナ本来の姿を取り戻したいのよ」


思いがけない言葉に、ホムラが驚く。

それは、王の意向とは大きく違うのでは無いか。


「本来の姿……それを放棄したのは王族ではないか」


「そう、そうね。だからこそよ。今度は私たちが復興させる」


「復興、だと?」


「ええ……あなたはきっと、ここまで王族である私たち兄弟が巫子に肩入れする、その理由が見えないのだわ。

巫子の守である、あなた達にはその理由を話すべきだわね。


王は私にとって親族だけれど、長年続いてきた王のそのやり方が、もう許容出来ないの。

特に、レナント、ベスレムはね。


我々王族は団結に揺らぎが出てる。

それは、本城が精霊をないがしろにするやり方が、すでに亀裂を生んでるのよ。

青様が仰ったアトラーナの歪みは、地方に行けば行くほど顕著けんちょだわ。

それは魔導師が一番知っているのよ。


精霊が、いないの。


このアトラーナから、精霊がどんどん消えてるのよ。


あなたたち、精霊との混血だって、減ったのでは無くて?

レナントにいても、森で精霊の光を1つも見ない事なんて当たり前になっているわ。

森は、死んだように真っ暗なのよ。

そして、いるのは訳のわからない魔物。

夜の森を旅した者が、魔物憑きになって帰ってきたなんてたまに聞くわ。

アトラーナはね、もう精霊の国では無くなっているのよ」


ホムラが目を見開き、そしてバッと他の者を見る。

カナンが目を閉じてうなずき、そして同じく目を見開いて、姫を見つめるエリンを見る。

ミスリルとしての血がここまで薄くなってしまったのかと、今のミスリルの村を見て感じたのは間違い無い。

彼らはすでに、何代も前にさかのぼる、人間と精霊の過去の混血でしか無かった。


なんと言うことだ。まさか、神域が消えかけているだと?


そうか、赤様は年に一度、神事の1つでアトラーナ内をキュアで飛び回り、「神巡かむめぐりの行」をされていた。

あれは、まさにこの国の精気を高め、悪気を払い、聖域を作り出していたのだ。


この国の暗さをひどく感じていたが、火の眷属がいないからだけじゃ無かった。

火の光が消えて、精霊界さえも衰えているのだ。


精霊の国から精霊が消える。

精霊と共に暮らしていたアトラーナの民が、身近に精霊を感じなくなる。

それは、王家の思い通りのことでしょうか?

意外な結果でしょうか?

それは、現代の自然破壊とどこか似ています。

自然の生き物たちは、いつの間にか姿を消すのです。

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